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知らない世界で

隊長さん来室

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「はー、戻って来れた~」
部屋に戻ると、一気に脱力する。いやぁ、変な兵士に絡まれたのも怖かったけど、助けてくれた人の方がもっと恐怖を感じたとか端から見ると結構酷いな、私。
「サーヤ様……本当に、すみませんでした……」
レネ君は、道中からずっと謝罪の言葉を口にしている。
「大丈夫だよ、何事もなくて良かったね!」
その度に明るく返事をしているけど、レネ君が元気になる様子はない。
ちょっと最後に怖い思いをしたけど、楽しかったのに。
「……私はサーヤ様を守れませんでした」
12歳の男の子があんな屈強な男に太刀打ち出来る訳がない。それなのに、悔しそうに唇を噛みしめるレネ君の姿に胸が震えた。
「元々、あの部屋に行こうって誘ったのは私じゃない」
「私の為にサーヤ様が連れて来て下さいました」
ぐぬぬ。そうですね、って巻かれてくれれば少しは気が楽になるだろうに、レネ君はあれか。エムなのか!話題を変えようとして、話を振る。
「まぁ、マティオスさんにも部屋でゆっくりする様に言われたし、お茶でも入れようよ」
廊下に、おやつのワゴンが出ていたし。おやつの時間は展示室を見ている間にとうに過ぎてしまったけど、まだ夕飯が来るまでは時間がある。
今日は久々の一人ごはんだなー、等と考えながら、レネ君とワゴンを運んで今日は温かいお茶を飲んだ。
温かい液体が、優しい人の気持ちに触れた時の様に身体に染み渡る。
「そう言えば、あそこでマティオスさんが来てくれるとは思わなかったなぁ~」
や、本当に。ちびらなくて良かった。
「本当に。マティオス様は普段からお忙しくしていらっしゃるので、まずめったにお目に掛かれないのですが……」
「そうなんだ」
まぁ、妻であるエイヴァさんの面会要望上げても、実際の面会は一週間以上先っぽいもんね。
「……マティオスさんは、私がエイヴァさんだって気付いたかな?」
「どうでしょう?……ただ、私がエイヴァ様付きの奴隷という事は勿論ご存知です。しかし、エイヴァ様がマティオス様に頭を下げる事はまずございませんし、エイヴァ様が工芸美術展示室に全くご興味がない事もご存知の様ですので、私とたまたま一緒にいた女性メイド、と理解している様な気も致しますが」
「そっか。良かったー」
本当に。エイヴァさんがまた屋敷内で問題を起こしたと受け取られて、その後屋敷内すら自由に出歩けないようになったら、健康に悪そうだもん。
「レネ君、今日はもうそろそろ業務終了だから、あがって引き継ぎして来て良いよー。明日はお休みだから、ゆっくり休んでね」
「畏まりました。ありがとうございます」
「一人で部屋まで作品片付けられる?」
「大丈夫です」
「あ、でもこれとこれ、レネさえ良ければ私の部屋に残してってくれない?」
「どれでしょうか?」
私が掌サイズの例の置物と陶器製のコップを指差すと、レネ君はふんわり笑って「喜んで」と言ってくれた。
うーん、可愛い。弟と仲が悪い友人もいたけど、こんな弟なら喧嘩になりようもない気がする。
「じゃあまた明後日、お疲れ様、レネ」
「はい。では失礼致します」
レネ君とワゴンを廊下まで運び、そのままその後ろ姿を見送る。一人で大丈夫?って思ったけど、男の子のプライドを傷つけそうで声を掛けられなかった。大丈夫だろうか?また、変な人に絡まれていないだろうか。

部屋に戻り、「文化」の本を開いた。夕飯の時間までに、少しでも読んでおかないと。
この短い間で、この国の文化を知らずに身動きが取れなかったり躊躇してしまう事があまりにも多い。私だけが危険な目に合うならまだしも、私に付き添ってくれている3人の危険にも直結しそうで、それは避けたかった。
しばらく真剣に読んでいると、普段は聞き慣れないコツ、コツとした足音が徐々に近付き、続いてノックがした。

……あれ?まさかジュードさんじゃないよね??夕飯のワゴンを運んでくれた人が教えてくれた、とか?いや、そんな事されたのは一度もないけど。
「……はい?」
そろ、と返事をしてから扉を薄く開いて隙間から覗く。
「あれ、隊長さん?」
そこには、昨日お世話になった、強面の隊長さんが立っていた。


「今日、一般階級の見張り兵に絡まれていたな。部下が悪かった。大丈夫だったか?」
廊下に立った隊長さんが、気遣わしげに聞いてくる。うわ、恥ずかしい。ガチブルしていたところを見られたらしいです。
「はい。ちょっと誤解されちゃったみたいで……あ、立ち話も何ですから、何か飲みます?」
「ああ」

体格の良い隊長さんが扉を大きく開いて、その大きな身体をずい、と部屋の中に入れてきた時に気付いた。……あれ、人妻が他人を自分の部屋に入れるのって、アウト!?それとも、普通に入ってきたからセーフなの??
確か、海外の国では未婚の男女が同じ部屋にいる時は扉を解放しなくてはならない、とかあった気がする。ええ!?でも、旦那様以外でも男性3人は普通に出入りしているから平気?いや、彼らが大丈夫なのは、従業員だから……?

たった今読んでいた「文化」の本で、該当ページを熟読したい気持ちに駆られつつ、「どうした、座らないのか?」と隊長さんに逆に言われ、私は念のため扉を開けたまま、すごすご部屋の中に入る。
「何飲みます?」と私が聞けば、隊長さんは一瞬目を見開き、「水を」と答えた。水を二つのコップに注ぎ、ひとつを隊長さんの席に置いてから自分は隊長さんの席からひとつ離れた椅子に座った。

「……本を読んでいたのか」
隊長さんは、水を飲みながらテーブルの上に置かれた本をパラパラと捲る。
「この国の文化に興味が湧いたのか?」
そう聞かれて、素直に頷く。
「こうして隊長さんをお部屋に入れて良いのかどうか判断に迷わない位には、この国の事を知りたいんですよね」
それを聞いた隊長さんは、ふっと笑って「俺は大丈夫だ。俺以外の男は皆追い出せ」と言った。
「は、はい」
ええー……回答に迷う。
「今日は彼らとは夕飯を食べないのか?」
「え?」
彼ら……ああ、レネ君達か。隊長さんは物知りらしい。
「今日は、彼らの業務時間は終了しましたので」
「……そうか」

隊長さん、沈黙。
おお、あまり口数が多くないっぽいのはわかるけど、そろそろ本題に入りそうでちょっと緊張する。

「……ところで、貴女は私が知るエイヴァの筈だが、昨日は何故メイドのサアヤを名乗ったんだ?」

ハイ来ましたー。そりゃそうですよね、うん。


私は、また岐路に立たされている。
けど、昨日隊長さんがエイヴァ=サアヤだと気付いているらしい、と思った時に、既にこの質問をされた時のシミュレーションはしておいたのだ。
隊長さんは良い人っぽいけど、この屋敷の安全を仕切る人だ。私を怪しいと思ったら、当然マティオスさんの耳に入るだろう。マティオスさんの耳に入れば、正直に話したところで信じて貰える訳もないだろうし、やっぱり牢獄か良くて軟禁。
これ以上の自由を奪われたくない私がする事は、ただひとつだ。

……しらばっくれる!

マティオスさんはエイヴァさんと殆んど面会した事はないらしいし、エイヴァさんはこの国に来てから部屋に籠りっきり。そこがラッキーだ。
隊長さんは、エイヴァさんを余り知らないだろうから。

私は緊張を解しながら、極力悪戯っ子っぽく笑って言った。
「私、ちょっと別人に成り済まして外の空気を吸いたかったのです」
「……」
うわぉ、作戦大失敗らしいです!誰か!誰かこの不穏な空気を何とかしてくれ!!
「私に気付く人がいるとは思わなくて。メイドの振りして屋敷内を自由に見たかったのですわ」
で、す、わ。初めて使ったよ、ですわ!!エイヴァさんっぽくなってれば良いけど。
「……ふむ。わかった、そういう事にしておこう」
隊長さんの機嫌が昨日に引き続き一気に急降下していく。わかりやすいな、隊長さん。そして私の笑顔はひきつっている。
HP0に近いだろうな、これ。
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