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知らない世界で

舵をきる

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「お、今日もやってるなー」
美味しい昼食を頂いた後、テラスの柵まで近寄ったライリーが言った。
「ライリー、危なくない?」と言いつつ、気になるので私も柵に近寄る。
「うわ、何あれ?」
「近衛隊の修練ですよ」

広い庭みたいなスペースに、30人程が3列に分かれてそれぞれ剣技を磨いていた。
「格好いいなぁ~」
ライリーが弾んだ声で漏らす。……ん?午前中のレネ君と似たような顔。
「ライリーは、近衛隊になりたいの?」
「いや、なりたいっていうか……憧れっていうか。やっぱり男だし、強い奴らには憧れる」
「へー」
でもライリー、兵士とか似合いそう。
並んで近衛隊の修練を屋外テラスから眺めながら、敬語がすっかり抜けて、線引きを忘れたライリーは楽しそうに話を続ける。
「……俺の親父さ、鍛冶屋だったんだ」
「そうなんだ」
「結構有名な鍛冶屋でさ、マティオス様にも剣を献上した事あるんだぜ?」
ライリーが懐かしそうに、誇らしそうに言う。私にはそれがどんな価値かわからないけど、きっと……
「凄い事なんだろうね」
「ああ、鍛冶屋の誉れだ。マティオス様は、戦闘民族の中でも群を抜いてお強いからな」
「へー」
昨日もそんな話をしていた様な。修練場にマティオスさんがいたとしても、遠すぎて私には全くわからない。ただ、それでも隊列が乱れなかったり激しい打ち合いをしているところを見ると、きっと凄い方達なんだろうなぁと思った。
「まぁ……腕が良すぎて先の戦争の時に呪詛の国に目をつけられて、挙げ句の果てに本人は殺されて、俺は今こんななんだけどな……」
辛い記憶も蘇ったライリーは、柵の上で握りこぶしを作った。こんな性格の彼がエイヴァさんの性奴隷をしなくてはならないのは、かなりの屈辱だったのだろう。
「ライリーは、鍛冶屋を継ぐ予定だったの?」
話の方向性を変えるつもりでそう聞いてみる。
「うーん、どうだろな。俺は親父程の才能はなかったし、やっぱり……どちらかと言うと、俺は戦う側になりたかったかな」
「じゃあ、ライリーにも近衛隊の修練に参加して貰って、私のボディーガードになって貰おうかな?」
私が笑って言えば、「ぼでぃがーど?」と首を傾げながら、「ああ、護衛の事か。……俺はエイヴァ……サーヤ様の性奴隷だからなぁ。性奴隷には、参加させて貰えないだろうな。そもそも基礎がなってないし」と苦笑いしながらライリーは返事をする。

うーん。エイヴァさんの性格を考えると、屋敷内外問わず敵は多そうだし、良い考えだと思ったんだけど。
マティオスさんの信用さえ勝ち取れれば、庭や屋敷の外に出られる様に、多分なる。ライリーに人を守れる強さが備われば私の安全も保障されるし、性奴隷というくくりではなく護衛というくくりで雇う事が可能だ。

「じゃあもし、近衛隊の隊長が良いって言ったらやりたい?」
「言わないって」
「やりたいかやりたくないか、で答えて?」
「そりゃあ、やりたいに決まってる」
「そっか」

レネ君はレネ工房。ライリーは近衛隊。うんうん、良いんじゃないか?性奴隷として雇えない以上、彼らにそれ以上の付加価値をつけて再就職先を斡旋するには。
問題は、彼らにどんな呪詛が掛けられているのか、だけど。
それは追々聞くとして、彼らに好きな仕事に就く為の土台作りをする事は、今でも出来るから。


──エイヴァさん、ごめんね。
私は貴女を好きになれそうにないし、貴女から逃れられない、好きでなっている訳ではない、3人の性奴隷に同情する。
だから、入れ替わっている間だけでも、私は3人の解放に働きかける事にした。
勝手に入れ替わったのは、エイヴァさんで。私も好きこのんで、この世界に来た訳じゃない。
エイヴァさんはエイヴァさんで、きっと私が想像出来ない様な事を私の身体でやっているだろうから。
元の世界に戻った時、お互い様だよねって笑い飛ばせる様に。
私はこの身体で、私を認めて助けてくれた彼らに出来る限りの事をするよ。


ひとつの太陽と、みっつの月を見ながら。
私はエイヴァさんに、心の中で宣戦布告をした。


ライリー君
・17歳
・蛮族の国出身
・12歳からエイヴァさんに仕える
・マティオスさん好き
・鍛冶屋の息子
・近衛隊(兵士)に憧れている


「レネ、寒くない?大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
私とライリーは食後しばらくの間、近衛隊の修練に魅入って時間を忘れてしまった。レネ君は高いところが好きではないらしく、テラスの柵近くには寄らずに敷物の上でじっと待っている。申し訳ない思いと共に、まるで忠犬ハチ公のようだと思い、健気やー……と心の中で手を合わせ拝んだ。
ライリーはまだ近衛隊の修練を見ていたので、私は敷物の上にレネ君と少し距離を取って座り、そのまま話し掛けた。

「レネは随分と手先が器用だったけど、ご実家も工房とか営んでたりするの?」
「いえ、……私には、母親しか家族がおらず……その母親は、エイヴァ様のお屋敷に務めておりました」
「そうなんだ。じゃあ、レネは蛮族の国じゃなくて、呪詛の国の出身なんだ」
「はい、そうです」
「お母様や国を離れて、一人で凄いね」
「……いえ。もう、国に戻っても何もありませんから」
「そう……」
お母様はどうしてるの、と聞かなくて良かった。レネ君の沈んだ顔が、その話を切り上げるべきだと教えてくれる。
「レネは、お休みの日は何をしているの?」
「奴隷に休みの日はございませんでした」
「そっか、そうだったね、ごめん。じゃあ、お休みの日があったら、何をしたい?」
「私がエイヴァ様に呼ばれなかった時間は、何かを作っておりました」
「何かって、何?」
「色々なものです。何かを作っていると、没頭出来て……嫌な事を少しでも忘れられるので」
「そうなんだ。レネが作った物って、何処にあるの?」
「私の自室にございます」
「今度見せて貰っても良い?」
私のこの発言には、レネ君は驚いた様だった。
「サーヤ様が、私の部屋にいらっしゃるのですか?」
「えと、誤解しないでね?レネの作った作品が見たいだけ」
決して疚しい下心はございません!
レネ君が作った物が、どのレベルなのかを知りたいだけだ。後、本当にレネ工房を立ち上げるなら、メインの商品を知らなくては話にならない。
事務員(予定)としてはね。
そのまま、レネ君が好きな工芸作家の話を聞いて、時間が過ぎた。
……時間が、過ぎた!?
「レネ、今何時頃かわかる?」
しまった。二人は今日、朝の7時から業務に入っている。午前中の予定が押して、テラスに来たのは恐らく13時過ぎ。ランチに一時間は掛かっていないとは思うものの、昨日の計算でいけば二人とも16時には終業時間となる。レネはぱっと空を見上げて「今は……14時半頃ですね」と教えてくれた。
「ライリー!」
私が呼ぶと、ライリーは修練を眺めるのを止めて、此方を向く。
「部屋に戻ろう!後一時間半で今日のお仕事はおしまいだから、戻っておやつ食べよう!」
敷物をレネと片付けながら言うと、ライリーは「じゃあ、また夕飯の時に伺います」と答えた。
そう言えば、昨日ジュードさんが夕飯に戻ってきたの言わなかったら責められた、と言ってたっけ。ライリーも、誰かと一緒に食べるのが好きな方かもしれない。
「ありがとう、じゃあ一旦ここで別れて、また後でね~」
ライリーに手を振り、私とレネ君は屋外テラスを後にした。


レネ君
・12歳
・備品係
・10歳からエイヴァさんに仕える
・手先が器用
・呪詛の国出身
・家族は母親だけ
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