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初めての営業?

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シスター達聖職者は、孤児院などの子供達への援助以外に、行き場をなくした独り身の老齢の方々の面倒も見ていた。
前世でいうと、老人ホームや生活保護の様なものだ。


シスター経由で、老齢の方々にも希望する方には強化薬や毛染めを治験して頂ける様にお話する。
筋力が落ちて出る痛みの緩和に繋がるかもしれないし、白髪にも効果があるのか試す為だ。

こちらは、特にお礼を用意する事はなく、本当に希望者だけで試して頂き、万が一酷い副作用が出た場合のみ、調剤組合の定めた慰謝料をお支払いする事となる。


「いつもありがとう~」「また来てね!!」
笑顔の子供達に見送られながら、今回も無事に治験をお願い出来てホッとする。
普段は人を相手にした仕事をしていない為、こうした活動は物凄く苦手だ。

しかし、これからは更にハードルの高い場所へと話をしに行かなければならない現実に、ついため息が漏れそうになる。
エリカ様が何も言わなければ、必要のない行動だ。
だが、もし言われたらその時動く様では遅いだろう。

馴染みの子供達やシスターにお願いするならまだしも、これから踏み入れるのは未知の領域。
かなり緊張しながら、娼館の立ち並ぶ花街に足を踏み入れた。


「ごめんなさいね、うちはそういう怪しい薬は全てお断りしているのよ」
「そうですか、お時間取らせてすみませんでした」
ぺこりと何度めかの頭を下げ、また門前払いをされる。

なかなか上手く交渉出来ないなぁと思いながら、ふぅ、と道端の段差で一回座った。
希薄化させた催淫薬の効果を調べたかったが、自分が思い当たるのがせいぜいそうした仕事を生業にしている方々にお願いする程度だった。
ジョン様にお願いすれば協力してくれる娼館もあるかもしれないが、そんな事で手を煩わせたくはないし、またジョン様が娼館に何かを頼むという図はあまり領地の経営上好ましいとは思えない。

私は足を踏み入れた事はなかったが、花街の店もピンからキリみたいで、外観から何となくそのランクがわかる様になっている。
高級な佇まいである方が危険な事も少ないかと思い、健全経営していそうな娼館を回ってみたが、高級な分、働く女性達を守るしくみもしっかりしているらしく、治験に協力して下さるところはなかった。

ターゲットを変えないと駄目かな、と思った時だ。
「あの、ご気分でも悪いのですか?大丈夫ですか?」
と可愛らしい声が掛けられる。
自分で言うのもなんだが、真っ黒な外套を羽織った怪しい人間に自分から声を掛ける人も珍しい。

思わず顔をあげると、綺麗な瑠璃色の瞳と目があい、慌てて俯く。
こちらが瑠璃色を確認したという事は、相手は黒眼を確認したかもしれない。

「大丈夫です。こんなところで座って邪魔をしてしまい、すみません」
そう言いながら立ち上がり、さっさと去ろうとしたのを、その瑠璃色の瞳の美女に呼び止められた。
「いいえ。……見たところ、職探しをされているみたいでもない様ですが、こんなところに何のご用ですか?」
そう言われて、改めてその美女を見る。
とても仕立てが良さそうなシンプルなドレスに身を包んでいるが、そのスタイルの良さや妖艶な雰囲気は露出度が低いドレスであっても隠しきれていない。

……もしかして、娼館でお仕事をされている方だろうか?
「あの……」
「どうした、ヴェルーリヤ」
一縷の望みを掛けて口を開いたが、ヴェルーリヤと呼ばれた女性の後ろから大柄で筋肉質な男性がぬ、と現れたので、再び口を閉ざす。

駄目だ、大男さんには完全に警戒されている。
その男性の眼には、「胡散臭いな、こいつ」という文字と「彼女に何かしたら殺す」という文字が見え隠れしていた。

「いえ、この方が先程からいくつかの娼館を訪ねていらっしゃった様なので」
ヴェルーリヤと呼ばれた美女が、私を庇うように微笑み掛けて下さった。
同じ女性であるのに、何だか性的なものを感じたのと、実は見られていた事に私の顔が赤くなる。
何故、女性相手にこうもドキドキするのか意味不明だ。
香水はつけてなさそうなのに、何だか甘い香りがした。

「……ほう?何の用だ?」
大男の視線が鋭くなった気がするので、私は仕方なく正直に話す。

「……私は、黒の魔女と呼ばれる薬師です。この度、性的な仕事を生業にする方々に治験をお願いしたく、娼館を回っておりました」
「……君が?有名な黒の魔女??」
大男から殺気が消え、ホッとする。
「有名かどうかは存じませんが、黒の魔女と呼ばれてはおります」
「……そうか、どんな薬か伺っても?」
「えっ……?」
「私は別の領地で高級娼館のオーナーをしている。こちらへはたまたま、この地を治める領主に頼まれて査察に来ているんだ。もし話を聞いて良さそうであれば、私の娼館で試しても良い」

私は大変失礼な事に、ポカンとしてしまった。
まさか、こんな堅物そうな大男が娼館のオーナーをしていたとは……

「立ち話もなんですから、場所を借りてお話しましょう?」
ヴェルーリヤさんにそう優しく促されて二人に着いていくと、一度門前払いをされたこの花街一番の高級娼館の中に通された。



***



結論から言うと、「君の身分の確認が取れたら」という前提で、その大男さんがオーナーを務める高級娼館が治験に協力して下さる事となった。

オーナーさんは、「惚れ薬か……好きでもない相手との行為が苦痛で堪らないまだ若いスタッフもいるから、導入としては良いかもな」とおっしゃって下さった。
とてもスタッフを大事にしている様子が伺えて、好感が持てる。

治験期間は一週間程でお願いし、もし重篤な副作用が出た場合は調剤組合の定めた慰謝料をお支払いする事を羊皮紙に認め、契約書として仕上げる。
また、もしその薬が効果的であれば、オーナーが定期的に購入するとおっしゃって下さり、まだ完成してもいないのに薬の売る見込みまで立った。

初めての花街で、初めて営業みたいな真似事をし、何だかふわふわした気持ちでその高級娼館を後にする。
ともかく、この出会いはラッキーだったに間違いない。

私は難航すると思っていた今日の予定を滞りなく終わらせた事が嬉しく、そのまま材料屋に足を向けた。


「お、黒の。お帰りぃ」
「ふふ、今度は材料を仕入れにまた来ました」
「いつもの顔色に戻った様だねぇ、良かった良かった」
「お陰様で。今日はいつもの薬屋さんに、薬全部買って頂けたんですよ」

口では色々会話しながら、指で材料を指示し、材料屋の店主も心得た様に手を動かし、私の示した数をどんどんとテーブルに置いていく。

「いやいや、あの薬屋も少しは痛い目みりゃ良かったんだよ。黒のもお人好しだねぇ、前回あんな事されといて、薬屋変えないなんて」
「あはは、今までのお付き合いもありますし、薬屋さんには薬屋さんの事情もありましたし……何より、お師匠からのお付き合いですからね」

私は、今日まで営業をした事がなかった。
全て、お師匠が築いてきた人間関係を引き継ぐだけで、事が足りたからだ。
お師匠が大事にしてきた絆や信用を私はこれからも大事にしたいと思っている。

「黒のばぁが死んで、もう……6年かい。月日が経つのは早いねぇ。殺しても死にそうになかったがな、あのばぁは」

絆を切らなければ、こうしてたまに、お師匠を知っている人達と会話が出来る。
お師匠はその時、私や店主の中でまた生きるのだ。

「今日はこれ位で」
「またどっさり買ってくれたね、毎度ありぃ~」

最後、店主が言った言葉だけが胸に残った。
「今日もあの利口な黒猫は来とらんのか、いないと何だか寂しいねぇ……」
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