上 下
11 / 50

自称のとれたベリアル

しおりを挟む
午後になり、再び作業場に移動した私は街に卸す薬の精製をしていた。
ベリアルは裏庭のベンチでのんびり日向ぼっこだ。
日の光を浴びてほっこりと温かくなったベリアルをお茶の時間に抱っこするのを楽しみに、手だけは黙々と動かす。

一区切りついたところで、蘇生薬の下準備を行った。
24時間後に煮詰めなくてはならないから、街に行く日の前日には出来ない作業だ。
処理が終わり、材料を片付ける。
この後は、ベアトリーチェ様への手紙を書くために時間を設けるつもりだった。
ご挨拶すらした事もない高貴な方への手紙なんて初めてで緊張する。

「ベリアル?家に戻ってお茶にしよう」
私は裏の窓から裏庭にいる筈のベリアルに声を掛けたが、ベンチにはベリアルの姿が見当たらない。
「ベリアル……?」

窓を閉めて作業場全体の戸締まりをし、外に出る。
「ベリアルー?」
大きめに声を出したが、それでも返事はなかった。

不安が頭を過り、裏庭の奥の山に少し分け入る。
「……っ!……!!」
『……、……』
ベリアルと、知らない誰かが遠くで話している聞こえてきて、ホッとした。
お客様だろうか?
何も、こんな裏山で話さなくても……と思いながら、先に家に戻っている旨だけは伝え様とした。
「ベリア……」
ポキリ、と枝を足で踏んだところで、気付く。
ベリアルは普通、私以外の人間とは話さない。
では、誰が……


「ベリアルったら、いい加減眼を覚ましなさいよっ」
『……ここには近づくな、と言った筈だよな?さもなければ殺されても──』
「ベリアル?お客様?」

私の声掛けに、一人と一匹がバッと同タイミングで振り返った。
……あれ?何だか直前にベリアルが物騒な事を言っていた様な……
『お仕事お疲れ様、ユーディア。もうお茶の時間?』
「うん、先に家に戻ってるねって伝えようと思って。邪魔してごめんね?……お客様なら、ご一緒に如何……」
私がちらりとお客様に目をやると、そこには濃藍色のウェーブがかった髪を肩上で切り揃えた、目鼻立ちがしっかりした女性がこちらを見ていた。
年齢的には私と同じ16歳位だろうか。

『それには及ばない。もう話は終わった』
ベリアルは、ぴょんと私の肩に飛び乗ってくる。
そこで初めて彼女は口を開いた。
「……あんたね、ベリアルの…っ」
『おい』

ああ、やっぱり目の前の綺麗な彼女に睨み付けられている様な気がしたのは、間違いではなかったらしい。
瞳に憎悪を宿しながら私に一歩近付こうとしたのを、ベリアルがたった一言で止める。

『さっさと、行け』

私の肩に乗っているから、ベリアルの表情は見えない。
けれども、それは私が一度も聞いた事のない様な冷たい声だった。
それは目の前の女性にも伝わったのか、悔しそうな顔をしたかと思えば一瞬後には背中を向けて山奥へと走り去って行く。

人の気配がなくなったのを見届けてから、ベリアルを肩に乗せたまま自宅へ戻る。
先程の女性について聞こうかどうしようか悩んで、結局やめた。
必要であれば、ベリアルから話してくれる筈だ。
そうしないというのであれば、それは私にとって必要のない事であり、口を出すのは余計な行いだと思うから。
ベリアルには悪魔の仲間がいるとは聞いていたけど、実際誰かと話すところを目にするのはこれが初めてだ。
ベリアルが悪魔の能力を私に見せた事もなかったからずっと自称悪魔のままだったけど、そろそろ自称悪魔の自称・・を取ってあげる頃合いかもしれない。


イベントの開始後、普段大人しくて温厚なベリアルがそうでない一面を見せる事も多くなった。
個人的には、そんなベリアルの一面を見られるのは貴重だと思うけれど、それはベリアルの心が平穏ではない事を示している。

──無関係でいられないなら、せめて、さっさと縁を切りたい──
改めて、そう思った。



***



翌日。
午前中は家事に追われ、午後は仕込んでおいた蘇生薬の後半部分の精製からスタートさせた。
洗濯機や掃除機なんてないこの世界では、家事一つ一つが重労働だ。

蘇生薬の精製は、簡単そうだったが材料を焦がさずにじっくりと100ミリリットルまで煮詰めるのが非常に困難だった。
2瓶分の材料を購入しておいたが、一つ目は完全に焦げて失敗。
結局一つ分しか精製出来なかった。

これは、2瓶同時に精製しようとした私のミスである。
一つずつ作ればそこまで大変ではないものを、一度で終わらせ様と、自ら大変な環境にして材料まで無駄にしてしまった。


さて、蘇生薬の精製は辛うじて成功したものの、この薬の治験は逆に非常に行いにくいものであった。
……まさか、人が亡くなるのを待つわけにはいかない。
病院の前で待つなんて不謹慎極まりないし、逆に依頼したところを他の方々に聞かれて薬の取り合いが始まったらそれこそ大変な事になる。

本当は人で試みたいところであったが、今回は動物で我慢しよう。
今までの薬の治験で、人間とほぼ同じ大きさの猿の仲間である、タンゴールヒという動物であれば、人間に投与した時とさほど結果がずれないとわかっていた。
非常に賢いのに、群れの仲間以外には狂暴で、しょっちゅう群れ同士で戦っては毎日の様に何匹かは命を落としていた。

私一人では危険過ぎてタンゴールヒの縄張りには入れないが、ベリアルが一緒であれば襲われる事はない。
ついでにタンゴールヒの縄張りにしかない植物や果物や種などの材料を手に入れてしまえば、材料の不足にしばらくは困らないし、一石二鳥だ。

「ベリアル、急で悪いのだけど、これからタンゴールヒの縄張りまで付き合って貰えるかな?」
『勿論構わないよ』
タンゴールヒの縄張りは、一時間程歩いた山奥にある。
そこまで遠くはないので、これから行っても十分夕方には帰宅出来る距離だ。


いつもの採取セットを背負い込み、準備をする。
お師匠直伝の、蛇や虫、肉食動物が苦手とする匂い袋をぶらさげて出発だ。
獣道では、ベリアルが先導をしてくれる。
『今回はタンゴールヒで試すのか?』
流石ベリアルだ。何も言っていないのに、理解している。 
「うん。蘇生薬だから、副作用の事を考えると本当は人間で試したいけど、それはちょっとね……」
『まぁな。人間に試すのは難しいよな』
悪魔である筈のベリアルは、人間の機微や動向を良くわかっている。
蘇生薬という、道徳的に賛否の分かれるものの情報は、過度な期待や余計な災いを招く事だろう。

エリカ様にも、この薬の情報は一切の門外不出でお願いするつもりであるが、果たして彼女がきちんと約束を守ってくれるのかは、些か不安が残るところであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

死にかけて全部思い出しました!!

家具付
恋愛
本編完結しました。時折気が向いたら外伝が現れます。 森の中で怪物に襲われたその時、あたし……バーティミウスは思い出した。自分の前世を。そして気づいた。この世界が、前世で最後にプレイした乙女ゲームの世界だという事に。 自分はどうやらその乙女ゲームの中で一番嫌われ役の、主人公の双子の妹だ。それも王道ルートをたどっている現在、自分がこのまま怪物に殺されてしまうのだ。そんなのは絶対に嫌だ、まだ生きていたい。敵わない怪物に啖呵を切ったその時、救いの手は差し伸べられた。でも彼は、髭のおっさん、イケメンな乙女ゲームの攻略対象じゃなかった……。 王道ルート……つまりトゥルーエンドを捻じ曲げてしまった、死ぬはずだった少女の奮闘記、幕開け! ……たぶん。

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

処理中です...