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お師匠の願いとベリアルの負い目

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「……でも、ベリアルは……」
普段、他の悪魔達と関係を持ちたがらない。

そんなベリアルにお願いするのも気が引けるのだが、ベリアルは全く意に介さない様だった。
人や動物で効果を見定めにくい薬の治験は、今までもベリアル経由でお願いした事がある。
ただ、人と人型の悪魔という似て非なる性質の為、差異や誤差が気になっていたのだが、幾つかの薬を試した結果、個体差レベルの差異はあるものの、ほぼ効果は変わらない事がわかったのだ。

『惚れ薬は人気の薬だから、むしろ歓迎されるだろう』
「……そう?ベリアルが大丈夫なら、お願い出来ると助かるけど……」
『実験の御礼は、いつもの・・・・で大丈夫……いや、むしろ要らないかもな』
「うーん、でもやっぱり悪いから、準備しておくよ」
『わかった。なら尚更頼みやすい』

私は、いつもの薬を精製した。
時間はかからないが、結構高価な材料を使用する薬だ。
「あれ?ベリアルも、そろそろ必要じゃない?」
私が尋ねると、ベリアルは苦笑?しながら頷く。

いつもの薬……それは、お師匠が亡くなった後から精製している薬で、毎月ベリアルの為に作る薬だ。
『魔力増強薬』。

悪魔は、基本的に魔力がないと身体が絶不調になる生き物らしい。
私がベリアルを拾った時の様に、魔力不足で死ぬ事はないが、身動きひとつ、出来なくなるのだ。
その為、魔力の弱い悪魔は人型すら取れなくなる。

悪魔の魔力は、人間の生気を喰らう事で増強する。
人型を保つ為には、人間の生気をより喰らわねばならない。
お師匠は、ベリアルを悪魔と知っていて私が保護する事を許した。
私とベリアルの為に、ベリアルが人間の生気を喰らわなくても大丈夫な様にと、魔女のみがその精製方法を知っているという魔力増強薬に着手したのだ。
私は、お師匠に捨てられる事が怖くてレシピを言う事は出来ず、さりげなく材料や容量を近付ける様な意見は言ってみるものの、結局薬の精製に成功する前にお師匠は亡くなった。

お師匠の死因は病だけれど、今でも悔やんでいる。

お師匠から受けた愛情を疑う事なく早々に魔力増強薬のレシピを提示していたのなら、お師匠はベリアルに生気を与えずに済んで、後少しは穏やかに過ごせたのかもしれないと。

ベリアルが私に懺悔するまで、お師匠の優しさに胡座をかいて、悪魔の性質を知ろうともせずにのうのうと過ごしていた事を。

病魔に侵されていたお師匠は、私に内緒で保護したベリアルに生気を食べさせた後、こう言ったのだそうだ。
「私がいなくなったら、ユーディアは一人になっちまう。だから私が魔力増強薬の精製に成功したらどうか、あのコが強くなるまで一緒にいてくれないかねぇ?」
ベリアルは、そんなお師匠の想いを汲んで、以来私と一緒にいてくれている。

その話をベリアルから聞かされたのは、お師匠が亡くなった一週間後、ベリアルが再び通常の食事だけでは立つことすらできず、寝たきりになってしまってからだ。
何度も聞いて、ベリアルがやっと口を割って悪魔が人間の生気を喰らう事を教えてくれた時、そしてお師匠から生気を貰っていたと言った時、ベリアルは言った。

『……ユーディアの大事なお師匠ばぁの生気を喰らった俺を、嫌いになるか?』と、怯えた瞳で。

私の答えは勿論NOだった。
ベリアルは私に嫌われるのではないかと思って、倒れてもなおその話を出来ないでいたらしいのだが、話してくれて本当に良かったと思った。

そしてその時気付いた。
私がお師匠に、仮にレシピの事を話していたとしてもきっと嫌われる訳がなかった。
むしろ、お師匠の性格からすると、「そりゃ便利な能力だねぇ」と笑って答えてくれたに違いない。

ベリアルに生気を与えなければならない事を知っていながら私の為に保護を許してくれたお師匠と、生気を喰らう事に負い目を感じながらもお師匠の願いを叶えようとしたベリアルと、何も知らずに過ごしていた私。
お師匠は、私が気にすると思ったからこそ私に何も言わなかったのだろう。

「ベリアルを嫌いになんて、なる訳ないよ。……自分の事は、嫌いになりそうだけど」
泣くのを堪えてベリアルに答えた。
そして、私はお師匠を亡くした喪失感に苛まれていた一週間にきっちりと別れを告げて、新たな生活に踏み出したのだ。
そして最初に着手したのが、当然ベリアルの為の魔力増強薬だった。



***



翌朝。
ベリアルに催淫薬と魔力増強薬、そして何かあった時用の予備の魔力増強薬を持たせる。
ベリアル専用に作った小さなリュックが催淫薬の瓶だけでパンパンだ。
「ベリアル、重たくない?大丈夫?」
『ああ、問題ない』
「どれ位で戻って来られそう?」
『半日もあれば』
「そっか。じゃあ、お昼準備して待ってる。気を付けて行ってきてね?絶対無理はしないで」
『わかった。ユーディアも、また変な奴らが来てもドアを開けない様にな』
「うん」
別れを惜しんで、鼻先をくっ付けあう。
ベリアルの耳を人差し指と中指の間に軽く挟みながら、ムニムニと顔マッサージを行い、びよんと軽く顔を伸ばした。
ちょこんと現れる舌先に癒されてから、やっとベリアルを見送った。

ベリアルがいなくなるだけで、作業場はかなり静かでもの寂しくなる。
ベリアルの存在の大きさと、私の傍にベリアルの存在を与えてくれたお師匠の気持ちを改めて感じた。

しかし、ベリアルが頑張ってくれている中、私だけが遊んでいる訳にもいかない。
仕事をしなければ。

昨日材料屋から購入した材料をチェックし、薬屋から頼まれていたものを一番に精製していく。
気付けばあっという間に三時間程が過ぎ、今日の午前中の予定ノルマは終わっていた。
お昼までも、後三時間程ある。

「今日は……蘇生薬を作っておこうかな」
私が材料を手にした時、作業場のドアがコンコンと叩かれた。
私は、材料をテーブルに戻してドアに向かう。

──今まで、私の家を訪れて来た人は、泥棒なんかの招かれざる客を抜かすとほぼ皆無だ。
ベアトリーチェの使いの者と、ジョン様。そして今日。
この短期間に、明らかに異様な人数が私の周りで動きを見せている。
イベントの開始から慌ただしくなったが、今日は一体誰なのだろう……?
ジョン様ではないだろう。来るのが早すぎるし、ノックの仕方が違う。

再びドアを叩かれたタイミングで、「どちら様でしょうか?」と室内から声を掛ける。
「黒の魔女様、わたくしでございますわ」
聞き覚えのある声だった。

泥棒よりは当然マシな筈なのだが、何となく嫌な予感が拭いきれない。
乙ゲーとは極力、無関係でいたいのだが……彼女はどうあっても私を舞台に引きずり出したい様だった。

ため息をひとつ吐いて、黒の外套を頭からすっぽりと羽織る。
キィ、と扉を開ければ。
「黒の魔女様、ご機嫌よう。またお願いしに参りましたわ」
にこりと微笑む美しいご令嬢のエリカ様と、先日も彼女に着いていた護衛二人が、そこにいた。
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