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従者代理(ラーン)の回想

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玉座の間から離れて、自室へと戻った従者は、深いため息をついた。

カルラとは似付かない短い黒髪で、年のころは人間年齢で言うところの、15歳位の少年の姿を取っている。ラーンと名乗っていたが、この3年間一度も、魔王からはまだその名を呼ばれた事がなかった。

ラーンが初めて魔王に謁見した時、ベルゼはその内容‥‥カルラの代理として今後従者を務める‥‥と言う話を聞いてもの凄い殺気をラーンに対し放った。
しかし、ラーンの薄紫色の瞳だけはカルラそっくりで、その事に気付いた魔王は「カルラと血縁関係があるのか?」と聞いてきた。

是、と答えないと殺される。

察したラーンは「はい」と即答し、「従兄弟です。以前から、可愛がって頂いております」と念の為付け加えた。するとそれが功を奏し、「やはりその瞳の色は和むな」とベルゼは(可愛がっている従兄弟を殺したらカルラから嫌われると思ったのか、)瞬く間に殺気を消したのだ。

その時はまだ、ベルゼは直ぐにカルラが戻ってくるものと信じて疑わなかったのである。


ラーンに与えられた部屋は、城の出入り口に近い客間だった。
従者代行初日に、間違えてカルラの部屋へ向かったラーンにベルゼは「そっちは立ち入り禁止だ」と言って、近づけさせもしなかった。
ラーンは再度射殺されそうな視線を浴びて、直ぐに自分の失態に気付いた。
カルラが与えられた部屋よりは随分と小さかったが、魔王が近くにいるとオチオチ眠る事も出来ない身としては、その客間を与えられた事はラッキーだった。そして、以後3年間、ラーンはこの部屋と玉座の間を行き来する事となる。


カルラが消え、ラーンが従者代行となった次の日。
ベルゼが「カルラはまだ戻らないのか?」と聞いてきた。

「‥‥はい、まだ戻りません」
「いつ、戻ってくるんだ?」
「‥‥さぁ‥‥?私も、期間を聞いておりませんので」

普通に考えれば、仕事の代行をするのに期間を聞かないなどあり得ないし、ましてや期間がハッキリ決まっていなくとも、おおよその期間は想定されてしかるべきだ。

「どう言う事だ?カルラに何かあったのか?」
ここにきて初めて、ベルゼは不安に駆られたらしい。ラーンに詰め寄った。
ラーンは四苦八苦しながらも、回答する。回答次第で自分の命が消える気がしたのだ。
(ベルゼは予定していたカルラとの甘い蜜月が急遽変更になった為、一日は我慢出来ても朝から機嫌が悪く、ラーンとの今の会話で更に急降下していた。)

「‥‥そうですね‥‥カルラが言うには、プライドをズタズタにされ、身の危険を感じる出来事があったとかで‥‥脅威が去ったと感じる迄は、しばらくお暇を頂きたいと‥‥のお話でした」


ベルゼはその話に驚愕した。
「何だとっ!?そんな話、聞いてないぞ!?」
カルラとしては、魔王に快く性交OKを出して、そう・・なったのだ。本人に言う訳がない。

「おい、カルラは無事なのか?」
「間違いなく無事ではございます」
「今すぐに呼び出せ、連絡はつくのだろう?」
「‥‥申し訳ございません、彼女は誰にも潜伏先を知られたくないという事でしたので、存じ上げません」
「では、カルラとはどうやって連絡をとるのだ?」
「彼女から、伝書が飛ばされてくるだけです」
(伝書とは、能力の低い魔族を一時的に伝書鳩の様に使役し、手紙などを届ける事である)
「では‥‥カルラに危険があっても、こちらはわからないという訳か?先ほど、間違いなく無事と言ったが、なぜ言い切れるのだ!!!」
「‥‥こちらにございます腕輪が‥‥赤く染まらないからでございます‥‥」
「腕輪?どういう意味だ?」
「今回、従者代行のお話があった際には、私は直接カルラと対面しております。彼女はその時、この腕輪を私に渡されました。これには‥‥彼女の魔力が練り込んでございまして‥‥もし彼女の身に何かあった時には赤く染まり‥‥更に相互の連絡が腕輪を通して可能になると聞いております」
「はっ‥‥カルラに何かあってから連絡が取れるなんて、遅いではないか!!」
「‥‥申し訳ございません‥‥」
「お前も、その時にカルラにそう言っておけば‥‥いや、いい。すまない、お前はカルラに応えただけだし、今更お前に文句を言ったところでどうにもならん」
「‥‥はっ」
深く膝をついて頭を下げ詫びたラーンに、ベルゼは続けた。
「ただし、カルラの捜索隊を今すぐに編成し、捜させろ」
「はっ」
「そして、その腕輪は俺に寄越せ」
「はっ‥‥は?」
「何だ?何か問題でも?」
「滅相もございません‥‥どうぞ」
「では捜索隊を急げ」
「はっ、失礼致します」


こうしてラーンは従者代行2日目、無事に首が繋がった状態で玉座を後にする事が出来た。しかし。

「そうだ、最後におい、お前、言い忘れるところだった」
「何でしょうか?」
「先ほど、カルラを呼び捨てにしていたな?従兄弟とは言え、許される事ではない。気を付けろ」

次はないぞと睨み付ける魔王はどこまでも、カルラに纏わる事柄に関して心が狭かった。


そうして。
「おい、カルラは見つかったのか?」
「いえ、本日も収穫はございません」
このやり取りは、その後3年間毎日続く事になったのである。


☆☆☆


(おかしいですね‥‥こんなハズではなかったのですが‥‥)
ラーンはもともと、さっさと代行業務を切り上げ、カルラにバトンタッチする予定であった。

カルラは、魔王との初めての閨で、身の危険を感じて焦った。魔王に(り)殺される従者なんて、聞いた事が無い。魔王にとっても自分にとっても、とんだ醜聞だ。
そして、自分が愛されているなどとはつゆ知らず、魔王に他の女を宛がおうとしたのだ。(淫魔である自分が相手をするのにいっぱいいっぱいであり、他の女にその相手がつとまるかどうか怪しい事には、無意識下で蓋をした。)

初めて抱いたカルラがいると、意外と(カルラにだけは)気遣い屋さんの魔王は遠慮するかもしれない‥‥そう考え、一旦カルラを魔王の許から消し、カルラがいない隙に、その有り余る精力が尽きるまで他の女で満足して貰おうと思ったのだ。そうすれば次にカルラが現れても、命の危機を感じるまで貪り食われる事にはもうならないと。きっと、初めての性行為を淫魔であるカルラとしてしまったが為に、一時いっときその快感に溺れてしまっただけなのだと。

しかしカルラは、正しく魔王の自分に対する執着や依存を知っていた。(愛とは知らなかった。)
その為、魔王からは自分に直接連絡出来ない様にしなければならない事も、理解していた。
苦肉の策で考えたのが、カルラの代わりにラーンを寄越す事だったのだ。


腕輪云々の話は、ラーンが即席で考えた作り話である。我ながら、よくその時は思いついたと思う。
魔王を納得させないとカルラの無事を確かめるまで世界中に飛んで行きそうな顔つきだったから、頭をフル回転させた。あれでしばらくは持ってくれるといいが‥‥


ラーンが魔王付きになって3日目。自分の役割である仕事を遂行しようとした。そう、他の女を宛がう事を。
結果、3年間惨敗している。つまり、魔王は3年分、精力がたまっている事になるのだ。このままでは、確実に・・・、カルラは帰って来られない‥‥!!!

一度女の躰の味を知ってしまったのだから、すぐに話に乗ると思っていた。1か月か2か月程、女を抱き続けてくれれば少しは飽きるんじゃないかと。
だがしかし。
ちょっとでも他の女の話をにおわすと、絶対零度の視線が返ってくる。
裸の女を寝所に放り込むなど、少し強行手段を使おうかと思ったが相手の女性が殺されかねないのでやめた。

今となっては、ラーンでなく素直にカルラが交渉すれば良かったと思うが、もう遅い。


✰✰✰


3年間、魔王は腕輪を眺めてカルラの無事を祈っては、捜索隊を罵っていた。何の情報も掴めないとは、使えない奴らだと。
ラーンとしては、その度に息を潜め、カルラをその御前に差し出そうか、と思ってしまう。
結局、カルラの身の可愛さにそれを実行することはないのだが、それは偏に、魔王が捜索隊に口では文句を言いつつも実力行使で傷つけることがないからだ。(多分、それをしたら後でカルラが胸を痛めると思っている。)


たまに、カルラからの魔王宛の手紙を渡してはご機嫌をとっていた。
しかし、そろそろそれも限界に近付いてきている。ラーンにはそれがわかる。薄紫色のラーンの瞳を見つめては、「早く隠居したい」と言うようになったからだ。それも、ここ最近は毎日。

魔王は、捜索隊の報告を受けるたびに嘆き、絶望し、そしてそれらを怒りに変えている。
その行き場のない怒りを捜索隊にぶつける事は今のところないが、一発触発といった風情だ。
何かがきっかけになれば、必ず血が流れる。
カルラの性格的に、自身の保身を行った事で他人に不利益を与えるのは、好ましくはなかった。


カルラの最初の読みが、甘かったのだ。ここまで来ると、魔王が他の女を抱くことはこれからもないだろう。
そうだ、カルラが帰って来ても、また魔王の寝所に誘われるとは限らない。そもそも、仮に寝所に誘われても、カルラが断ればきっと諦めてくれるはずだ。
そういえば、一度経験したいというところからあの一週間が始まったんだ。性行為を経験した今となっては、もう女体に興味を示さないだけかもしれない。


そう考えて、カルラと実に3年ぶりに、バトンタッチする事にした。それこそが、2度目の甘すぎる読みであった。
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