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いいえ、この人はストーカーではありません。
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「蘭ちゃん、何で僕に嘘をついたの?」
「んんっ……!!ふぅ、ふぅ……」
「何時も言っているでしょう?嘘だけはダメだよって。お互いの信用がなくなっちゃうからねって」
「ふぅん!んふーっ!!」
「さ、蘭ちゃんがわかってくれるまで……お仕置きだよ?」
☆☆☆
「蘭ちゃん、おはよう」
清々しい挨拶を、ジョギングウェアに身を包んだ男は飽きもせずに毎日毎日繰り返す。
それに対し私、梶谷蘭はややげんなりとした表情で「おはよう、凱逘」と、今日もいつもと同じ返事をした。
凱逘の額には汗がキラキラ輝いているし、給水の為のペットボトルも半分程に量が減っている様だ。
本当に走ってはいるのだろうが、何故こうも毎日遭遇するのか。
それは、私の自宅から高校までの通学経路を行ったり来たりしているからだ、という事にようやく最近気が付いた。
スポーツマンタイプの背の高いイケメン男である凱逘は、一番上の兄の親友だ。
兄の結婚式で軽く挨拶をしたらば、何故かその場でお付き合いを申し込まれた。
もしお付き合いしたとしても、別れた時に兄との関係がギクシャクするのも面倒なので、即お断りした。
けれども、「じゃあ、お友達から」と言われて頷いてしまってから、毎朝凱逘と遭遇する羽目になっている。
女には不自由しないだろうに、女子高生を追いかけ回すなんて、何とも残念なイケメンの無駄使いだ。
兄に一度相談しようかとも思ったが、新婚ほやほやで幸せそうな兄に不要な心配は掛けたくないな、と思い直してやめた。
顔面偏差値の高い男はそれだけでもラッキーなのかもしれない。
ニコニコしながら私の後を付いてきても、警察に突き出されることはないのだから。
因みに、凱逘の行為はストーカーの様にも見えるが、実はストーカーではない。
私は一度別件で、ストーカーについて調べた事がある。
ストーカーとは、
①つきまとい、待ち伏せ、押し掛け、うろつき。
②監視していると告げる。
③面会、交際などの要求。
④著しく粗野または乱暴な言動。
⑤無言電話、連続した電話・メール・SNSなどのメッセージ。
⑥汚物などの送付。
⑦名誉を傷つける行為。
⑧性的羞恥心の侵害。
をしてくる人物を指すらしい。
凱逘の場合、①と②が該当する様に思えるが、そこには但し書きがある。
①特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する。
②身体の安全、住居等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法により行われる場合に限られる。
…という事で、どちらも凱逘には当てはまらないのだ。
別件で調べた男はがっつり当てはまっていたから、警察に届け出たりしたけどね。
「凱逘、暇なの?」
これも、いつもの問い掛け。
そんな訳ない事は、百も承知だ。
凱逘は最近流行りだした、上流階級向けのスポーツジムの経営者らしい。
「いや、蘭ちゃんの顔を見に」
暇だとも、忙しいとも言わずに凱逘は汗を拭きながら私の横を歩く。
背の高い兄より更に背が高く、スポーツマンらしくガタイも良い。
かといってムサイ訳でもなく、短く刈り上げた髪からは爽やかな整髪料の香りが微かに香ってくる。
「圭に聞いてさ」
圭とは、私の一番上の兄の事だ。
「何を?」
「蘭ちゃん、少し前から変な男につきまとわれてるって?」
圭ちゃんてば。妹の個人情報を他人に漏らしちゃいけませんよ。
(因みに兄は4人いるので、全員名前呼びだ)
「今真横にいる人の事かな?」……と、冗談半分で口にしようとしたけど、やめた。
真っ直ぐ前を向いて給水している凱逘の顔が真剣だったから。
「……しょっちゅうある事だし、警察にも相談したからもう平気」
「そう?なら良いんだけど」
自分で言うのも何だが、私達兄妹6人は全員美男美女だ。
年中兄妹の誰かしらがつきまといやストーカーに合っている、と言っても過言ではないのが何とも言えない。
特に一番上の兄は、俳優顔負けのご尊顔なので、太る前は女には勿論、男にまでモテていた。
「何もないなら、いい。あ、蘭ちゃんのお友達じゃない?じゃあまたね」
凱逘は、私達の前を歩く同じ学校の制服を着た幼なじみを目ざとく見つけて、あっさりと走り去って行った。
こういうサッパリしたところが、凱逘をストーカーと認定出来ないところに違いない。
「おはよ、翔真」
私が幼なじみに後ろから声をかけると、相手は「よぉ」と返事をしてきた。
相変わらず朝っぱらからやる気のない返事だ。
いつもつまらなそうにしている幼なじみは、青春を謳歌し損ねている。
「さっき走ってった男ストーカー?結構毎日蘭に話し掛けてない?」
一応、幼なじみのよしみで心配してくれているらしい。
根は良い奴だ。
「あぁ、凱逘?あの人は大丈夫。圭ちゃんの親友」
「ふーん、なら良いけど。てか、圭さんの親友を呼び捨てかよ」
「だって、本人がそう呼べって」
「ふーん」
そのまま話題も弾まず、てくてく横並びに歩く。
あぁ、1限目から小テストだっけ……嫌だな。
「かなりイケメンだったな」
「ん?何の話?」
「さっきの人」
「気になるの?は!もしや翔真、私の事好」
「やめろよ、んなんじゃねぇ」
翔真が本気で嫌がっている。
幼なじみのこの反応は、どれだけ私を安心させる事か。
少し仲良くなれたな、と思ったら直ぐに顔を赤らめて告白してきたり、私が相手に好意があると誤解されたり、とにかく異性では友人が作りにくいのだ。
「ごめんごめん」
「さっきの人なら、へのへのもへじじゃないだろ、流石に」
翔真が良く意味のわからない事を言ってきた。
「……何の話?」
「マジで?俺、昔お前が言った言葉が忘れられねーんだけど……兄弟以外の男は皆、へのへのもへじに見えるって」
何となく、そんな事を言ったかもしれない。
「あー、だって、おにーちゃん達が格好良すぎるからさ」
「それにしたって、あの発言小学生の時だぞ?…まぁ、気持ちはわかるけど」
「でしょ?……けど、そっかぁ。そうだねぇ……凱逘は、格好良いと思う」
「おぉ。すげーじゃん、その人。お前の口から格好良いなんて言葉が飛び出るなんてな」
「考えて見れば、そうだね。初めてかも」
「お前、レベルの高すぎる兄弟のせいでろくに彼氏も作れないだろ?さっきの人なら、いーんじゃん?」
成る程。
言われるまで、気付かなかった。
凱逘が彼氏か……少し圭ちゃんに相談してみよう。
何だかフワフワした気持ちを抱えながら、学校に着いた。
その日の小テストは、やっぱり出来なかった。
☆☆☆
「圭ちゃん、今ちょっと良い?」
『大丈夫だよ蘭ちゃん、どうしたの?』
耳から流れてくる兄の美声が心地好い。
うっとりしながらも、極めて端的に聞いてみた。
「凱逘さんって、どんな人?もしお付き合いしたら、圭ちゃん困る?」
『……あれ?まだ付き合ってなかったの?』
まだです。
けど、圭ちゃん意外と抜けてるところあるからなぁ。早合点しちゃったんだね。
『あー、ごめんね、付き合ってるかと思っちゃって、少し余計な事を漏らしたかも』
多分、ストーカーの件だろう。圭ちゃんだから許す。
『凱逘は誰にでも公平な、凄く良い奴だよ。昔、高校の時によく家に遊びに来てたの、覚えてない?』
え?その頃はボロボロのアパートに住んでたと思うんだけど……そこに、来てた!?
『蘭ちゃんは10歳だったから、覚えているのかと……忘れてたのかぁ……瑠衣ちゃんと蘭ちゃん、凱逘に凄く懐いててさ、特に蘭ちゃんは凱逘凱逘って呼び捨てにしてて、一緒に遊んで貰ったりしてたんだよ』
……はい?なんですと?
『凱逘と結婚するー、ってその時蘭ちゃん言ってたから、てっきりこの前の俺の結婚式で再会して付き合う事になったのかと』
な ん て こ っ た ……!!
よくよく聞けば、その頃は私の方が凱逘に懐いて、凱逘が帰ろうとするたんびに泣いて嫌がっていたらしい。
困り顔の凱逘に高い高いして貰って、頬っぺたにチュウして貰って、ようやく納得して帰らせたとか、恥ずか死ねる……!!
しかも、本人はケロッとそんな事忘れていた訳で。
『だから、凱逘と蘭ちゃんが付き合うのは別に違和感ないし、もし万が一上手くいかなくても、俺はどっちとも……蘭ちゃん?聞いてる?おーい』
兄の美声も私の心を癒す事なく、私は羞恥で魂が抜けた。
☆☆☆
「蘭ちゃん、おはよう」
清々しい挨拶を、ジョギングウェアに身を包んだ男は今日も繰り返す。
それに対し私、梶谷蘭はやや緊張しながら「おはよう、凱逘」と、いつもと同じ返事をした。
何だろう。
いつもと同じなのに、酷く手に汗を掻いている。
何から話せば良いんだろう。
忘れてました、ごめんなさい?
「蘭ちゃん、あの男知り合い?」
考え込んでいたら、反応が遅れた。
「…え?」
顔をあげて凱逘の見ている方に視線をやれば……当然、足が止まった。
何で……しばらく見なかったから、もう大丈夫だと思ったのに。
凱逘は私の様子を見て気付いたらしい。
「ふぅん、あいつか。蘭ちゃんは学校行ってて?」
私の頭をポンポンと叩くと、凱逘はその男に向かって走り出した。
男は慌てて回れ右をして、建物の影へと走り去る。
一人残された私は、仕方なく学校へ向かったけど……凱逘が無事か気になって、授業の内容なんて頭に入ってこなかった。
翌日は、土曜日で。
いつもの「おはよう、蘭ちゃん」のない日だ。
ここのところ、ない日を清々しく思っていたのに、今日は落ち着かない。
相手はストーカーだ。
凱逘は大丈夫かな?
刺されたり……して、ないよね?
無事を確認をしたいのに出来なくて、胸の中でモヤモヤがたまっていく。
私と凱逘は、実はラインの連絡先も交換したし、携帯番号も交換していた。
それでも、凱逘から何か連絡が来る事はなかったし、振った側?の私から連絡するのも、変に気を持たせる事になるからと一度もしなかった。
これは安否確認、と自分に言い聞かせながら、ラインに文章を書き込んでいく。
──昨日はお世話になりました。大丈夫でしたか?
しばらく画面と睨み合いをしてから、エイっと送信ボタンを押す。
そわそわしながら返信を待っていたが、待てども待てども返事は来ず……結局、返事が来たのはお昼の時間になってからだった。
──問題ないよ、心配掛けてごめんね。
──もうあの男は蘭ちゃんに付きまとわないと思うから、安心して。
──それから僕も、しばらく仕事で朝会いに行けないけど、学校楽しんで通ってね。
それから、あんなに毎日会っていた凱逘は本当に姿を現さなくなった。
☆☆☆
「私はからかわれたのでショウカ?」
「知らねーよ、そんなん」
朝から陰気くせーな、と翔真に言われながら登校する。
凱逘が姿を消して、1ヶ月。
逃した魚は大きかった?と既に後悔が胸に渦巻いている。
もともと、兄の親友だから断っただけで、容姿はドストライクだった。
じゃなきゃ、交際を断った時点で連絡先の交換なんて、する訳がない。
はじめから実は気になっていたのだ──と、後で自己分析しても、もう遅い。
毎日会いに来てくれたのも、びっくりしたしストーカーじみててどうしようかと思ったけど、慣れればいつの間にか彼の姿を探す自分がいたし、たった短い時間でも他愛ない会話が楽しかった。
げんなりした、とか面倒だ、とかいうのは照れ隠しのポーズだった訳で。
「気になるなら自分から連絡すりゃいーじゃん。会いたいって」
「そそそそんな事出来ないよっ!!」
「まぁ、お前来る奴しか相手にした事ねーもんなぁ」
「う……」
確かに、そうだ。
自分から告白した事はないし、誰かを追いかけた事もない。
「けどさ、一度お断りした手前、言いにくいというか……」
気が変わったのでお付き合いしましょう、とでも言うようなものじゃないか。
またいつ気が変わるの?と思われたって、不思議じゃない。
「ま、それもそうだよな。俺なら後で後悔する位なら、絶対に言うけど」
翔真の言葉は、私の胸に居座り続けた。
☆☆☆
──凱逘、会いたい
私は、しばらくその文字を眺めて、削除した。
──やっぱり、付き合いたいな
それも、削除。
距離を詰める言葉って、難しい。
──今度遊びに行かない?
あ、これなら良いかも。
けど、相手は社会人。このノリだと、ガキだな、とか思われないかな?
リビングのソファの上でスマホを握りしめてウンウン唸っていると、瑠衣ちゃん(姉)が私の上に覆い被さってきた。
「蘭ちゃん、さっきから何やってんの~?♪」
ポチ。
あ。
送ってしまった……!!
「ぎゃああ!!」
「え?え?」
私がアタフタしていると、直ぐに「ピロン」とスマホが鳴る。
──喜んで。何処が良い?
凱逘からの返事に、胸がトクンと高鳴った。
「んんっ……!!ふぅ、ふぅ……」
「何時も言っているでしょう?嘘だけはダメだよって。お互いの信用がなくなっちゃうからねって」
「ふぅん!んふーっ!!」
「さ、蘭ちゃんがわかってくれるまで……お仕置きだよ?」
☆☆☆
「蘭ちゃん、おはよう」
清々しい挨拶を、ジョギングウェアに身を包んだ男は飽きもせずに毎日毎日繰り返す。
それに対し私、梶谷蘭はややげんなりとした表情で「おはよう、凱逘」と、今日もいつもと同じ返事をした。
凱逘の額には汗がキラキラ輝いているし、給水の為のペットボトルも半分程に量が減っている様だ。
本当に走ってはいるのだろうが、何故こうも毎日遭遇するのか。
それは、私の自宅から高校までの通学経路を行ったり来たりしているからだ、という事にようやく最近気が付いた。
スポーツマンタイプの背の高いイケメン男である凱逘は、一番上の兄の親友だ。
兄の結婚式で軽く挨拶をしたらば、何故かその場でお付き合いを申し込まれた。
もしお付き合いしたとしても、別れた時に兄との関係がギクシャクするのも面倒なので、即お断りした。
けれども、「じゃあ、お友達から」と言われて頷いてしまってから、毎朝凱逘と遭遇する羽目になっている。
女には不自由しないだろうに、女子高生を追いかけ回すなんて、何とも残念なイケメンの無駄使いだ。
兄に一度相談しようかとも思ったが、新婚ほやほやで幸せそうな兄に不要な心配は掛けたくないな、と思い直してやめた。
顔面偏差値の高い男はそれだけでもラッキーなのかもしれない。
ニコニコしながら私の後を付いてきても、警察に突き出されることはないのだから。
因みに、凱逘の行為はストーカーの様にも見えるが、実はストーカーではない。
私は一度別件で、ストーカーについて調べた事がある。
ストーカーとは、
①つきまとい、待ち伏せ、押し掛け、うろつき。
②監視していると告げる。
③面会、交際などの要求。
④著しく粗野または乱暴な言動。
⑤無言電話、連続した電話・メール・SNSなどのメッセージ。
⑥汚物などの送付。
⑦名誉を傷つける行為。
⑧性的羞恥心の侵害。
をしてくる人物を指すらしい。
凱逘の場合、①と②が該当する様に思えるが、そこには但し書きがある。
①特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する。
②身体の安全、住居等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法により行われる場合に限られる。
…という事で、どちらも凱逘には当てはまらないのだ。
別件で調べた男はがっつり当てはまっていたから、警察に届け出たりしたけどね。
「凱逘、暇なの?」
これも、いつもの問い掛け。
そんな訳ない事は、百も承知だ。
凱逘は最近流行りだした、上流階級向けのスポーツジムの経営者らしい。
「いや、蘭ちゃんの顔を見に」
暇だとも、忙しいとも言わずに凱逘は汗を拭きながら私の横を歩く。
背の高い兄より更に背が高く、スポーツマンらしくガタイも良い。
かといってムサイ訳でもなく、短く刈り上げた髪からは爽やかな整髪料の香りが微かに香ってくる。
「圭に聞いてさ」
圭とは、私の一番上の兄の事だ。
「何を?」
「蘭ちゃん、少し前から変な男につきまとわれてるって?」
圭ちゃんてば。妹の個人情報を他人に漏らしちゃいけませんよ。
(因みに兄は4人いるので、全員名前呼びだ)
「今真横にいる人の事かな?」……と、冗談半分で口にしようとしたけど、やめた。
真っ直ぐ前を向いて給水している凱逘の顔が真剣だったから。
「……しょっちゅうある事だし、警察にも相談したからもう平気」
「そう?なら良いんだけど」
自分で言うのも何だが、私達兄妹6人は全員美男美女だ。
年中兄妹の誰かしらがつきまといやストーカーに合っている、と言っても過言ではないのが何とも言えない。
特に一番上の兄は、俳優顔負けのご尊顔なので、太る前は女には勿論、男にまでモテていた。
「何もないなら、いい。あ、蘭ちゃんのお友達じゃない?じゃあまたね」
凱逘は、私達の前を歩く同じ学校の制服を着た幼なじみを目ざとく見つけて、あっさりと走り去って行った。
こういうサッパリしたところが、凱逘をストーカーと認定出来ないところに違いない。
「おはよ、翔真」
私が幼なじみに後ろから声をかけると、相手は「よぉ」と返事をしてきた。
相変わらず朝っぱらからやる気のない返事だ。
いつもつまらなそうにしている幼なじみは、青春を謳歌し損ねている。
「さっき走ってった男ストーカー?結構毎日蘭に話し掛けてない?」
一応、幼なじみのよしみで心配してくれているらしい。
根は良い奴だ。
「あぁ、凱逘?あの人は大丈夫。圭ちゃんの親友」
「ふーん、なら良いけど。てか、圭さんの親友を呼び捨てかよ」
「だって、本人がそう呼べって」
「ふーん」
そのまま話題も弾まず、てくてく横並びに歩く。
あぁ、1限目から小テストだっけ……嫌だな。
「かなりイケメンだったな」
「ん?何の話?」
「さっきの人」
「気になるの?は!もしや翔真、私の事好」
「やめろよ、んなんじゃねぇ」
翔真が本気で嫌がっている。
幼なじみのこの反応は、どれだけ私を安心させる事か。
少し仲良くなれたな、と思ったら直ぐに顔を赤らめて告白してきたり、私が相手に好意があると誤解されたり、とにかく異性では友人が作りにくいのだ。
「ごめんごめん」
「さっきの人なら、へのへのもへじじゃないだろ、流石に」
翔真が良く意味のわからない事を言ってきた。
「……何の話?」
「マジで?俺、昔お前が言った言葉が忘れられねーんだけど……兄弟以外の男は皆、へのへのもへじに見えるって」
何となく、そんな事を言ったかもしれない。
「あー、だって、おにーちゃん達が格好良すぎるからさ」
「それにしたって、あの発言小学生の時だぞ?…まぁ、気持ちはわかるけど」
「でしょ?……けど、そっかぁ。そうだねぇ……凱逘は、格好良いと思う」
「おぉ。すげーじゃん、その人。お前の口から格好良いなんて言葉が飛び出るなんてな」
「考えて見れば、そうだね。初めてかも」
「お前、レベルの高すぎる兄弟のせいでろくに彼氏も作れないだろ?さっきの人なら、いーんじゃん?」
成る程。
言われるまで、気付かなかった。
凱逘が彼氏か……少し圭ちゃんに相談してみよう。
何だかフワフワした気持ちを抱えながら、学校に着いた。
その日の小テストは、やっぱり出来なかった。
☆☆☆
「圭ちゃん、今ちょっと良い?」
『大丈夫だよ蘭ちゃん、どうしたの?』
耳から流れてくる兄の美声が心地好い。
うっとりしながらも、極めて端的に聞いてみた。
「凱逘さんって、どんな人?もしお付き合いしたら、圭ちゃん困る?」
『……あれ?まだ付き合ってなかったの?』
まだです。
けど、圭ちゃん意外と抜けてるところあるからなぁ。早合点しちゃったんだね。
『あー、ごめんね、付き合ってるかと思っちゃって、少し余計な事を漏らしたかも』
多分、ストーカーの件だろう。圭ちゃんだから許す。
『凱逘は誰にでも公平な、凄く良い奴だよ。昔、高校の時によく家に遊びに来てたの、覚えてない?』
え?その頃はボロボロのアパートに住んでたと思うんだけど……そこに、来てた!?
『蘭ちゃんは10歳だったから、覚えているのかと……忘れてたのかぁ……瑠衣ちゃんと蘭ちゃん、凱逘に凄く懐いててさ、特に蘭ちゃんは凱逘凱逘って呼び捨てにしてて、一緒に遊んで貰ったりしてたんだよ』
……はい?なんですと?
『凱逘と結婚するー、ってその時蘭ちゃん言ってたから、てっきりこの前の俺の結婚式で再会して付き合う事になったのかと』
な ん て こ っ た ……!!
よくよく聞けば、その頃は私の方が凱逘に懐いて、凱逘が帰ろうとするたんびに泣いて嫌がっていたらしい。
困り顔の凱逘に高い高いして貰って、頬っぺたにチュウして貰って、ようやく納得して帰らせたとか、恥ずか死ねる……!!
しかも、本人はケロッとそんな事忘れていた訳で。
『だから、凱逘と蘭ちゃんが付き合うのは別に違和感ないし、もし万が一上手くいかなくても、俺はどっちとも……蘭ちゃん?聞いてる?おーい』
兄の美声も私の心を癒す事なく、私は羞恥で魂が抜けた。
☆☆☆
「蘭ちゃん、おはよう」
清々しい挨拶を、ジョギングウェアに身を包んだ男は今日も繰り返す。
それに対し私、梶谷蘭はやや緊張しながら「おはよう、凱逘」と、いつもと同じ返事をした。
何だろう。
いつもと同じなのに、酷く手に汗を掻いている。
何から話せば良いんだろう。
忘れてました、ごめんなさい?
「蘭ちゃん、あの男知り合い?」
考え込んでいたら、反応が遅れた。
「…え?」
顔をあげて凱逘の見ている方に視線をやれば……当然、足が止まった。
何で……しばらく見なかったから、もう大丈夫だと思ったのに。
凱逘は私の様子を見て気付いたらしい。
「ふぅん、あいつか。蘭ちゃんは学校行ってて?」
私の頭をポンポンと叩くと、凱逘はその男に向かって走り出した。
男は慌てて回れ右をして、建物の影へと走り去る。
一人残された私は、仕方なく学校へ向かったけど……凱逘が無事か気になって、授業の内容なんて頭に入ってこなかった。
翌日は、土曜日で。
いつもの「おはよう、蘭ちゃん」のない日だ。
ここのところ、ない日を清々しく思っていたのに、今日は落ち着かない。
相手はストーカーだ。
凱逘は大丈夫かな?
刺されたり……して、ないよね?
無事を確認をしたいのに出来なくて、胸の中でモヤモヤがたまっていく。
私と凱逘は、実はラインの連絡先も交換したし、携帯番号も交換していた。
それでも、凱逘から何か連絡が来る事はなかったし、振った側?の私から連絡するのも、変に気を持たせる事になるからと一度もしなかった。
これは安否確認、と自分に言い聞かせながら、ラインに文章を書き込んでいく。
──昨日はお世話になりました。大丈夫でしたか?
しばらく画面と睨み合いをしてから、エイっと送信ボタンを押す。
そわそわしながら返信を待っていたが、待てども待てども返事は来ず……結局、返事が来たのはお昼の時間になってからだった。
──問題ないよ、心配掛けてごめんね。
──もうあの男は蘭ちゃんに付きまとわないと思うから、安心して。
──それから僕も、しばらく仕事で朝会いに行けないけど、学校楽しんで通ってね。
それから、あんなに毎日会っていた凱逘は本当に姿を現さなくなった。
☆☆☆
「私はからかわれたのでショウカ?」
「知らねーよ、そんなん」
朝から陰気くせーな、と翔真に言われながら登校する。
凱逘が姿を消して、1ヶ月。
逃した魚は大きかった?と既に後悔が胸に渦巻いている。
もともと、兄の親友だから断っただけで、容姿はドストライクだった。
じゃなきゃ、交際を断った時点で連絡先の交換なんて、する訳がない。
はじめから実は気になっていたのだ──と、後で自己分析しても、もう遅い。
毎日会いに来てくれたのも、びっくりしたしストーカーじみててどうしようかと思ったけど、慣れればいつの間にか彼の姿を探す自分がいたし、たった短い時間でも他愛ない会話が楽しかった。
げんなりした、とか面倒だ、とかいうのは照れ隠しのポーズだった訳で。
「気になるなら自分から連絡すりゃいーじゃん。会いたいって」
「そそそそんな事出来ないよっ!!」
「まぁ、お前来る奴しか相手にした事ねーもんなぁ」
「う……」
確かに、そうだ。
自分から告白した事はないし、誰かを追いかけた事もない。
「けどさ、一度お断りした手前、言いにくいというか……」
気が変わったのでお付き合いしましょう、とでも言うようなものじゃないか。
またいつ気が変わるの?と思われたって、不思議じゃない。
「ま、それもそうだよな。俺なら後で後悔する位なら、絶対に言うけど」
翔真の言葉は、私の胸に居座り続けた。
☆☆☆
──凱逘、会いたい
私は、しばらくその文字を眺めて、削除した。
──やっぱり、付き合いたいな
それも、削除。
距離を詰める言葉って、難しい。
──今度遊びに行かない?
あ、これなら良いかも。
けど、相手は社会人。このノリだと、ガキだな、とか思われないかな?
リビングのソファの上でスマホを握りしめてウンウン唸っていると、瑠衣ちゃん(姉)が私の上に覆い被さってきた。
「蘭ちゃん、さっきから何やってんの~?♪」
ポチ。
あ。
送ってしまった……!!
「ぎゃああ!!」
「え?え?」
私がアタフタしていると、直ぐに「ピロン」とスマホが鳴る。
──喜んで。何処が良い?
凱逘からの返事に、胸がトクンと高鳴った。
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※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。
※他サイトにも掲載しています。
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