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クランク……いや、キリアンは、始めシェリルも今まで訪れてきた令嬢と同じく直ぐに返すつもりだった。
けれども、豚を王子と勘違いして挨拶をする令嬢は見ていて楽しく、自分の暇潰しにとシェリルが音を上げて帰るまで、その勘違いをあえて訂正しなかったという。

因みにクランクという執事の名前は、咄嗟に思い出した本城の方に本当に務めている使用人の名前から拝借した。

「あの豚は、恐らく本城から肉料理にされる前に逃げてきた豚だ。別に邪魔にならないから、放っておいた」
「そ、そんな……」
シェリルは、この半年の間、ただの豚に一生懸命話し掛け、着飾り、屋敷に招き入れていたのかと思うと目眩がした。

「……悪かった」
「……少し、頭を冷やす時間を下さい」
「も、勿論だ」

あまりの恥ずかしさに、部屋に戻ったシェリルはベッドでのたうち回る。
(何で!何で、単に高齢になったことを醜いとか表現するのでしょうか!紛らわしい!!)

処刑された魔女は、キリアンには負けるが容姿を気にする美貌の持ち主で、年を取ることを極度に嫌っていた。だからそうした表現になったのだが、シェリルの感覚では全くわからない。

(クランク様が、キリアン王子殿下だったなんて……)
ということは、本当にたった一人きりで過ごしていたのだ。

シェリルがベッドから起き上がり、火照った顔を冷やす為に窓を開けると、気持ちの良い風ともに、遠くの方から何やら騒がしい音が聞こえてきた。
視力の良いシェリルが、音のした方角をじっと見つめると……「……大変!」シェリルは直ぐ様翻し、部屋から走り出た。


「シェリル!」
「クランク様!キリアン……じゃない、豚さんが!!」
シェリルが見たのは、池でジタバタと暴れ溺れそうになっていた豚だった。
「危ないぞ!あれは単なる豚だ、何を考えている!!」
豚を助けようと池に入ろうとするシェリルにギョッとしたキリアンは、思わず後ろから抱き止めた。

「で、でも!!キリアン……じゃなくて、あの豚さんは、きっと一人っきりだったキリアン王子殿下の心を癒やしてくれていたのですよねっ!?」
シェリルは瞳に涙を溜めて叫ぶ。
食用の豚だとわかっていても、放置していたキリアン。家族だと思ってしまっているのは、自分だけじゃないとシェリルにはわかっていた。

「わかった、なら私が行くから。シェリルはここで待っていなさい、いいね?」
「だ、駄目です……キリアン王子殿下を危険に曝すなんて」
「いいか?シェリルがドレスを着たまま池にこのまま入れば、泳げずに沈む。私の身長なら大丈夫だから。だから、私を信じて、私に任せなさい」
シェリルがこくりと頷くと、キリアンは優しく微笑み、あやすようにその背中をポンポンと叩いてから、何の躊躇もなく池に入っていった。
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