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両親が故郷に引っ越した後、私と弟も私の職場の近くに引っ越して二人暮らしを始めた。
生活費は私が三分のニを払う代わりに、家事は全て弟がやってくれた。仕事で疲れて帰ると、「マッサージしてあげるよ」なんて言われる快適な生活だ。


そんな幸せながらも「この生活に慣れたら婚期逃しそうな気がする」毎日を送っているある日、郵便受けにひとつの封筒が投函されていた。

宛名が、『瀧口様方、瀧 希子様』になっている。

確かにうちは瀧口だが、私は治紀はるきだし弟は広紀こうきだ。首を捻って差出人を見ると、聞いた事のない会社の名前。

瀧 希子……?女性っぽい。中を勝手に見るのも気が引けるし、どうしたものか。


首を傾げながら帰宅すれば、弟がでっかいワンコの様に駆け寄ってくる。
「治ちゃん、お疲れ様~。夕飯先にする?風呂も沸いて……」
そう言いながら、私が抱えていた封筒に視線を止めて、それを引ったくる様に奪った。
広紀こうき?それ、宛名が……」
「……中、見た?」
「いや、見てないが、それ宛名が……」
「ごめん、これ俺の。今日は夕飯炊き込みご飯だよ~」
「サンキュ。夕飯先に食べるよ」
「了解」

弟は何事もなかった様に私室に戻り、リビングに戻って夕飯の準備をしてくれた。私もその日は、好物の炊き込みご飯を前にすっかり封筒の事は忘れてしまった。



***



私の仕事はイベント関連会社だ。
感染症で一時期非常に厳しくなった業界だが、一時のネットイベント開催時期を経て、逆にやはり実物を見て触れるイベントの需要が再び高まったかもしれない。

その日は、有名な巨大イベント会場の設備を事前チェックしに行ったのだが、たまたま同人即売会が開催されていた。
私の会社で同人即売会は手掛けた事がないので逆に気になり、お昼休憩の最中にちょろっと見て回る事にした。

入場だけで500円、他にカタログを購入するなら2000円らしい。
記念に可愛いキャラクターが描かれたカタログを購入し、開いてみる。分厚い冊子にところ狭しと枡で区切られたイラストが並んでいた。
カタログを見てもよくわからなかったので、ブースの使い方を見学する。成る程、行列が出来るような人達の場所はしっかり考えられて並んでいる様だ。
ラーメン屋の行列より余程長くて、目眩がする。


「キコ様の新作最高だったよ~」

例に並びながら地べたに座っている女性達を見て、これが当たり前なのだろうかと驚いた。

「神だよ神~。キコ様の作品は攻めと受けが絶対ブレないから、安心してお買い上げだよね」
「弟と兄の近親サイコー!絶対ショタ描かないのがまた良い!」
ちらりと彼女達に視線を走らせると、全員が同じ薄っぺらい漫画を抱えている。その表紙が見えた時、私は「ん?」と首を捻った。

『弟のエロエロマッサージで悶える兄~乳首がこんなに敏感だなんて~』

『瀧 希子』


……あれ?あの名前、何処かで見た様な……

「キコ様って何歳位なんだろうねー?」
「売り子に任せて本人絶対いないからね。情報皆無なのもまた神だわ~」

「希子」は「キコ」と読むらしい。

興奮した様子で語り合う彼女達から離れて、私は午後の仕事に向かった。
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