投了するまで、後少し

イセヤ レキ

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85.子から母へ贈る言葉(side保)

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結局午前中の新幹線に乗ることにした俺を、二人はおじさんの車で送ってくれた。

ケンのお腹に顔をくっつけ、思う存分にその臭いを嗅いだ。
痺れを切らしたケンに蹴られるまでスハスハしてから、俺は実家を後にする。

車の中で、俺は常々思っていたことを母親にぶち撒けた。

「今の母さんの状態って、確かに父さんには義理立てしてるつもりかもしれないけど、おじさんにはめっちゃ不義理なことしてるって自覚ある?」
「うっ……」
「た、保君」
そもそも、もし父さんが生きてたらシた時点でアウトだ。
入籍云々にこだわる位なら、おじさんに身体を許すなって話な訳で。

まぁ、母さんも支えてくれる人がいない中、おじさんがあれだけ尽くしてくれたんだからそりゃグラっと来ないほうがむしろ血が通ってないんじゃないかとは思うけど。

「あれだけおじさんに良くして貰って、助けて貰って、期待だけさせといて、プロポーズは断る……って、客観的に見てかなり酷い女だと思うんだけど」
「ううっ……」
「母さんだって、凄いモテるおじさんがずっと独身でいる理由、わかってるんでしょ?」
「……」

俺の家族は母さんとケンで。
母さんの家族も、俺とケンだけだ。
ってことは、母さんに注意出来るのも、家族である俺かケンしかいないってことになる。
母さんが実家と音信不通になってなければまた違ったかもしれないけど、少なくとも今の状況的には俺しかいない。

母さんに発言出来る位の年齢になったんだな、と改めて感じる。
母は昔みたいに、「子供が余計なこと考えないの!」とは少なくとも言わないから。

「あのさぁ、母さん美人だからって胡座かいてると、おじさんみたいな高学歴高収入のイケメンなんてあっという間に若いコに取られるよ?いつまでも若くないんだからさー」
「そ、それはわかってるよ!だから昔から、何もバツイチ子持ちの私じゃなくてもっと他に目を向けろって言ってたんだってば」
「へー……言ってたんだ」
「うん」
「けどさ、おじさんはずっと母さんだけ見てたじゃん。おじさんが嫌いなら仕方ないけど、そうじゃないなら、」
「嫌いな訳ないでしょ!」
だから困ってたのに、と母は真っ赤になって俺に抗議する。

対するおじさん、顔には出さないで運転しているけど、きっと内心ニマニマしているんだろうなー。

「嫌いじゃないなら、いつまでも断ってキープ君は失礼過ぎだって」
「キープ君って!物凄く言葉が悪い!」
「実際そうじゃん。死んだ父さんのことは気遣えるのに、生きてるおじさんの気持ちは踏みにじってるじゃん」
「うっ……」
母、涙目。

もうそろそろ、ここまでにしておこう。
息子に痛いところ突かれた、とおじさんにヨシヨシして貰って、さっさとくっつけば良い。

そしてタイミング良く、車は新幹線の利用駅に辿り着いた。

「おじさん、仕事があるのにここまで送って下さり、ありがとうございました」
「いいえ。役に立てたなら良かったよ」
おじさんはニッコリ笑って言う。
出会った頃よりは当然年を取ったけど、おじさんも三十代前半位に充分見えるような若作りだ。

どっから見ても、似合いのカップル。
本っ当に、さっさとくっつけば良いのに。

涙目になっても俺の帰宅を少し寂しそうな様子で大人しく見送る母に、もう一言だけ伝えといた。

「あ、そうそう。俺も、できちゃった婚……じゃなくて、授かり婚だっけ?全く問題ないタイプだから」
「~~保っ!!」
母の怒鳴り声と、おじさんの愉快そうな笑い声を背中で受けながら、俺は俺の居場所に向かって歩き出す。


修平に、早く会いたい。
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