投了するまで、後少し

イセヤ レキ

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81.自宅の一コマ(side保)

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「保、夕飯まで少し時間あるけど、おやつにする?」
一階に戻ると、母親がエプロンをしてせっせと夕飯の下ごしらえを始めていた。

「いや、お腹空いてないからいいや。ケンと遊んでる」
お腹が空いてない、というより、これから出てくるであろう大量の料理の為に腹を空かしておく、という方が正しい。

母親の中で、俺の食欲はピークだった高校時代のままで止まっているから、大学に入って食欲が半分以下になったと電話で話していても、あまり実感がないらしい。
台所をパッと見、どう考えても四人前以上ありそうだ。


「だから、夕飯もそんなに量はいらないよ」
「そう?ああ、疾風はやておじさん、夕飯には間に合うように来るって」
「そっか。おじさんにもお土産買っておいたんだ、良かった」
「ちょ、母親には!?」
愕然とした顔をする母親が面白くて、思わず笑う。

「きちんとあるって。ほら、何か知らないけど有名な店らしいよ」
「うわ!美味しそう~♡♡流石我が息子!!」
くるくる表情を変える母親を横目に、俺はケンに遊んで貰う。

猫じゃらしを持った俺を見て、ケンは“ヤレヤレ付き合ってやるか”と言わんばかりによっこらしょと重い腰を上げて、キャットタワーを降りてきてくれた。
胡座をかいた俺の膝に頭と背中を擦り付けるケンを、手の甲で撫でて。


「ケンの調子、最近どう?」
「きちんとご飯は食べられてるよ」
「そっか。なら良かった」
元々保護猫だったケンは、もう高齢ということもあって腎臓があまり良くない。
だから、買ってきたフードも腎臓に負担がかからない物を選んでいる。

ペットは自費診療だから医療費が馬鹿にならないのだけど、以前ペットの保険証というものも扱っている会社があるとおじさんから教えて貰って、加入していたからかなり助かっていた。


ピンポーン、というチャイムが鳴って、「お邪魔します」というおじさんの声が聞こえた。
俺はケンの身体をポンポンと軽く叩いて、玄関まで迎えに行く。

「おじさん、わざわざすみません。母がいつもお世話になってます。それでこれ、お土産です」
「いや、親子水入らずのところお邪魔してごめんね。でも、久しぶりに保君に会えて嬉しいよ」
そして、おじさんは声を潜めて俺だけに聞こえる声で囁いた。

「昨年は帰って来ないーって、雛子ひなこさん暴れてたよ。かなり寂しかったみたい」
雛子さん、とは母親のことだ。
「すみません。でも、おじさんが慰めてくれたんでしょ?」
俺が笑って言えば、おじさんは一瞬目を見張って、その後イケメンの男らしく、ニヤリと笑った。
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