2 / 6
2
しおりを挟む
ともかく彼女を知って、私の戦い方は変わった。
血を流し、流させる戦い方から、極力最小限の血しか流させずに、和平を求めたのだ。
血塗れた大地よりも、血を吸わずに生き生きとした大地の方が彼女に似合う。
人々の悲鳴よりも、人々の笑い声の方が、彼女には相応しい。
私の変わりように皆が驚いた。
私への敵対心に燃える者は、「日和った」「怖じ気付いた」とて囃したてたが、そんな者は私の眼中に入って来なかった。
そして私のその変化が功を奏し、気付けば隣国からの侵略を食い止め、そして和平協定を結ぶところまで漕ぎ着けていた。
当時の上司に当たる侯爵は、貴族らしく俺の手柄を横取り──することをせず、いつからか私は国を平和に導いた英雄と呼ばれるようになった。
実際の私は、国の為ではなく、ただあの一度見掛けた公爵令嬢が幸せに生きていく為の土台を作っただけに過ぎないのに。
ともあれ、戦いに明け暮れていた私は、実際平和が訪れたら訪れたで、何を目標にして生きていけば良いのかわからない、という状態に陥っていた。
兵士から騎士となった私は、騎士団を纏める傍ら、とりあえず国王から叙勲した領土を運営していたが、何が正解なのかもわからずにただつまらない雑務をこなしていただけだったと思う。
ただ、面倒な処理をこなさなければならないと考えていただけの領土の叙勲は、それに伴って必然的に伯爵位になるという大きな変化を私にもたらした。
そして、嫌っていた貴族の仲間入りを果たした私は、毎年行われるデビュタントに初めて招待されたのである。
「沢山の未婚の女性が来るから、お前も参加する方が良いだろう。そろそろ嫁を迎えて落ち着け」と侯爵から言われ続けていたが、キーキー煩いだけの女を傍に侍らすのは苦痛で論外だった。
しかも、伯爵となったからには貴族の女性……それも由緒正しい血筋の女性を嫁に迎えないと、伯爵位があるだけの平民と一生言われ続けるというのだから、本当に貴族は面倒臭い。
言いたい奴には言わせておけば良い、と個人的には思うのだが、恩義ある侯爵の手前、そんなことは言わずに大人しくデビュタントの会場に足を向けた。
──人の忠告は、聞くものだ。
私はそこで、一生分の運を使い果たしたと思う。
輝くばかりの美しさ、尊厳あるオーラ、それでいて無邪気に溢れる生き生きとした若さ。
こうであって欲しい、と願った公爵令嬢であるアルリカ嬢が、そこにいたのである。
息をするのも忘れ、食い入るように不躾な視線を送るのは私だけではない。
そして彼女は当然の、デビュタントのドレスで最高の賞を手に入れた。
会場中が注目する中、アルリカ嬢はエスコート役の彼女の兄と、軽やかなステップを披露する。
踊れない私が彼女にダンスを申し込むのは無理な話で、とはいえ他の男性と踊っているのも不愉快な気がし、席を外した。
バルコニーの柱により掛かり、酒を煽りながら自分に問い掛けた。
(……不愉快、とは何と勝手な感情なのだろう)
彼女は自分の恋人でもなんでもない。
力技だけでのし上がった単なる平民あがりのハリボテ貴族と、昔から蝶よ花よと育てられただろう純粋培養の公爵令嬢。
こんな感情、抱くことすら畏れ多くて……許されない。
「ブラッド様」
「……」
彼女の美しい声が、私の名を呼ぶという幻聴まで聞こえるとは、色々重症だなとため息を吐く。
血を流し、流させる戦い方から、極力最小限の血しか流させずに、和平を求めたのだ。
血塗れた大地よりも、血を吸わずに生き生きとした大地の方が彼女に似合う。
人々の悲鳴よりも、人々の笑い声の方が、彼女には相応しい。
私の変わりように皆が驚いた。
私への敵対心に燃える者は、「日和った」「怖じ気付いた」とて囃したてたが、そんな者は私の眼中に入って来なかった。
そして私のその変化が功を奏し、気付けば隣国からの侵略を食い止め、そして和平協定を結ぶところまで漕ぎ着けていた。
当時の上司に当たる侯爵は、貴族らしく俺の手柄を横取り──することをせず、いつからか私は国を平和に導いた英雄と呼ばれるようになった。
実際の私は、国の為ではなく、ただあの一度見掛けた公爵令嬢が幸せに生きていく為の土台を作っただけに過ぎないのに。
ともあれ、戦いに明け暮れていた私は、実際平和が訪れたら訪れたで、何を目標にして生きていけば良いのかわからない、という状態に陥っていた。
兵士から騎士となった私は、騎士団を纏める傍ら、とりあえず国王から叙勲した領土を運営していたが、何が正解なのかもわからずにただつまらない雑務をこなしていただけだったと思う。
ただ、面倒な処理をこなさなければならないと考えていただけの領土の叙勲は、それに伴って必然的に伯爵位になるという大きな変化を私にもたらした。
そして、嫌っていた貴族の仲間入りを果たした私は、毎年行われるデビュタントに初めて招待されたのである。
「沢山の未婚の女性が来るから、お前も参加する方が良いだろう。そろそろ嫁を迎えて落ち着け」と侯爵から言われ続けていたが、キーキー煩いだけの女を傍に侍らすのは苦痛で論外だった。
しかも、伯爵となったからには貴族の女性……それも由緒正しい血筋の女性を嫁に迎えないと、伯爵位があるだけの平民と一生言われ続けるというのだから、本当に貴族は面倒臭い。
言いたい奴には言わせておけば良い、と個人的には思うのだが、恩義ある侯爵の手前、そんなことは言わずに大人しくデビュタントの会場に足を向けた。
──人の忠告は、聞くものだ。
私はそこで、一生分の運を使い果たしたと思う。
輝くばかりの美しさ、尊厳あるオーラ、それでいて無邪気に溢れる生き生きとした若さ。
こうであって欲しい、と願った公爵令嬢であるアルリカ嬢が、そこにいたのである。
息をするのも忘れ、食い入るように不躾な視線を送るのは私だけではない。
そして彼女は当然の、デビュタントのドレスで最高の賞を手に入れた。
会場中が注目する中、アルリカ嬢はエスコート役の彼女の兄と、軽やかなステップを披露する。
踊れない私が彼女にダンスを申し込むのは無理な話で、とはいえ他の男性と踊っているのも不愉快な気がし、席を外した。
バルコニーの柱により掛かり、酒を煽りながら自分に問い掛けた。
(……不愉快、とは何と勝手な感情なのだろう)
彼女は自分の恋人でもなんでもない。
力技だけでのし上がった単なる平民あがりのハリボテ貴族と、昔から蝶よ花よと育てられただろう純粋培養の公爵令嬢。
こんな感情、抱くことすら畏れ多くて……許されない。
「ブラッド様」
「……」
彼女の美しい声が、私の名を呼ぶという幻聴まで聞こえるとは、色々重症だなとため息を吐く。
78
お気に入りに追加
488
あなたにおすすめの小説

【完結】小さなマリーは僕の物
miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。
彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。
しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。
※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)

【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!
たまこ
恋愛
エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。
だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。

王宮勤めにも色々ありまして
あとさん♪
恋愛
スカーレット・フォン・ファルケは王太子の婚約者の専属護衛の近衛騎士だ。
そんな彼女の元婚約者が、園遊会で見知らぬ女性に絡んでる·····?
おいおい、と思っていたら彼女の護衛対象である公爵令嬢が自らあの馬鹿野郎に近づいて·····
危険です!私の後ろに!
·····あ、あれぇ?
※シャティエル王国シリーズ2作目!
※拙作『相互理解は難しい(略)』の2人が出ます。
※小説家になろうにも投稿しております。

某国王家の結婚事情
小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。
侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。
王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。
しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。



【完結】離縁など、とんでもない?じゃあこれ食べてみて。
BBやっこ
恋愛
サリー・シュチュワートは良縁にめぐまれ、結婚した。婚家でも温かく迎えられ、幸せな生活を送ると思えたが。
何のこれ?「旦那様からの指示です」「奥様からこのメニューをこなすように、と。」「大旦那様が苦言を」
何なの?文句が多すぎる!けど慣れ様としたのよ…。でも。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる