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ともかく彼女を知って、私の戦い方は変わった。
血を流し、流させる戦い方から、極力最小限の血しか流させずに、和平を求めたのだ。
血塗れた大地よりも、血を吸わずに生き生きとした大地の方が彼女に似合う。
人々の悲鳴よりも、人々の笑い声の方が、彼女には相応しい。
私の変わりように皆が驚いた。
私への敵対心に燃える者は、「日和った」「怖じ気付いた」とて囃したてたが、そんな者は私の眼中に入って来なかった。
そして私のその変化が功を奏し、気付けば隣国からの侵略を食い止め、そして和平協定を結ぶところまで漕ぎ着けていた。
当時の上司に当たる侯爵は、貴族らしく俺の手柄を横取り──することをせず、いつからか私は国を平和に導いた英雄と呼ばれるようになった。
実際の私は、国の為ではなく、ただあの一度見掛けた公爵令嬢が幸せに生きていく為の土台を作っただけに過ぎないのに。
ともあれ、戦いに明け暮れていた私は、実際平和が訪れたら訪れたで、何を目標にして生きていけば良いのかわからない、という状態に陥っていた。
兵士から騎士となった私は、騎士団を纏める傍ら、とりあえず国王から叙勲した領土を運営していたが、何が正解なのかもわからずにただつまらない雑務をこなしていただけだったと思う。
ただ、面倒な処理をこなさなければならないと考えていただけの領土の叙勲は、それに伴って必然的に伯爵位になるという大きな変化を私にもたらした。
そして、嫌っていた貴族の仲間入りを果たした私は、毎年行われるデビュタントに初めて招待されたのである。
「沢山の未婚の女性が来るから、お前も参加する方が良いだろう。そろそろ嫁を迎えて落ち着け」と侯爵から言われ続けていたが、キーキー煩いだけの女を傍に侍らすのは苦痛で論外だった。
しかも、伯爵となったからには貴族の女性……それも由緒正しい血筋の女性を嫁に迎えないと、伯爵位があるだけの平民と一生言われ続けるというのだから、本当に貴族は面倒臭い。
言いたい奴には言わせておけば良い、と個人的には思うのだが、恩義ある侯爵の手前、そんなことは言わずに大人しくデビュタントの会場に足を向けた。
──人の忠告は、聞くものだ。
私はそこで、一生分の運を使い果たしたと思う。
輝くばかりの美しさ、尊厳あるオーラ、それでいて無邪気に溢れる生き生きとした若さ。
こうであって欲しい、と願った公爵令嬢であるアルリカ嬢が、そこにいたのである。
息をするのも忘れ、食い入るように不躾な視線を送るのは私だけではない。
そして彼女は当然の、デビュタントのドレスで最高の賞を手に入れた。
会場中が注目する中、アルリカ嬢はエスコート役の彼女の兄と、軽やかなステップを披露する。
踊れない私が彼女にダンスを申し込むのは無理な話で、とはいえ他の男性と踊っているのも不愉快な気がし、席を外した。
バルコニーの柱により掛かり、酒を煽りながら自分に問い掛けた。
(……不愉快、とは何と勝手な感情なのだろう)
彼女は自分の恋人でもなんでもない。
力技だけでのし上がった単なる平民あがりのハリボテ貴族と、昔から蝶よ花よと育てられただろう純粋培養の公爵令嬢。
こんな感情、抱くことすら畏れ多くて……許されない。
「ブラッド様」
「……」
彼女の美しい声が、私の名を呼ぶという幻聴まで聞こえるとは、色々重症だなとため息を吐く。
血を流し、流させる戦い方から、極力最小限の血しか流させずに、和平を求めたのだ。
血塗れた大地よりも、血を吸わずに生き生きとした大地の方が彼女に似合う。
人々の悲鳴よりも、人々の笑い声の方が、彼女には相応しい。
私の変わりように皆が驚いた。
私への敵対心に燃える者は、「日和った」「怖じ気付いた」とて囃したてたが、そんな者は私の眼中に入って来なかった。
そして私のその変化が功を奏し、気付けば隣国からの侵略を食い止め、そして和平協定を結ぶところまで漕ぎ着けていた。
当時の上司に当たる侯爵は、貴族らしく俺の手柄を横取り──することをせず、いつからか私は国を平和に導いた英雄と呼ばれるようになった。
実際の私は、国の為ではなく、ただあの一度見掛けた公爵令嬢が幸せに生きていく為の土台を作っただけに過ぎないのに。
ともあれ、戦いに明け暮れていた私は、実際平和が訪れたら訪れたで、何を目標にして生きていけば良いのかわからない、という状態に陥っていた。
兵士から騎士となった私は、騎士団を纏める傍ら、とりあえず国王から叙勲した領土を運営していたが、何が正解なのかもわからずにただつまらない雑務をこなしていただけだったと思う。
ただ、面倒な処理をこなさなければならないと考えていただけの領土の叙勲は、それに伴って必然的に伯爵位になるという大きな変化を私にもたらした。
そして、嫌っていた貴族の仲間入りを果たした私は、毎年行われるデビュタントに初めて招待されたのである。
「沢山の未婚の女性が来るから、お前も参加する方が良いだろう。そろそろ嫁を迎えて落ち着け」と侯爵から言われ続けていたが、キーキー煩いだけの女を傍に侍らすのは苦痛で論外だった。
しかも、伯爵となったからには貴族の女性……それも由緒正しい血筋の女性を嫁に迎えないと、伯爵位があるだけの平民と一生言われ続けるというのだから、本当に貴族は面倒臭い。
言いたい奴には言わせておけば良い、と個人的には思うのだが、恩義ある侯爵の手前、そんなことは言わずに大人しくデビュタントの会場に足を向けた。
──人の忠告は、聞くものだ。
私はそこで、一生分の運を使い果たしたと思う。
輝くばかりの美しさ、尊厳あるオーラ、それでいて無邪気に溢れる生き生きとした若さ。
こうであって欲しい、と願った公爵令嬢であるアルリカ嬢が、そこにいたのである。
息をするのも忘れ、食い入るように不躾な視線を送るのは私だけではない。
そして彼女は当然の、デビュタントのドレスで最高の賞を手に入れた。
会場中が注目する中、アルリカ嬢はエスコート役の彼女の兄と、軽やかなステップを披露する。
踊れない私が彼女にダンスを申し込むのは無理な話で、とはいえ他の男性と踊っているのも不愉快な気がし、席を外した。
バルコニーの柱により掛かり、酒を煽りながら自分に問い掛けた。
(……不愉快、とは何と勝手な感情なのだろう)
彼女は自分の恋人でもなんでもない。
力技だけでのし上がった単なる平民あがりのハリボテ貴族と、昔から蝶よ花よと育てられただろう純粋培養の公爵令嬢。
こんな感情、抱くことすら畏れ多くて……許されない。
「ブラッド様」
「……」
彼女の美しい声が、私の名を呼ぶという幻聴まで聞こえるとは、色々重症だなとため息を吐く。
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