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9 小瓶の中身

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てっきり出不精なロジェは研究塔に籠るものだと思ったのだが、私を置いて出掛けることがここ最近多くなった。
それも、一泊二泊というレベルではなく、一ヶ月二ヵ月という単位だ。
先に私に言ってくれるからそこまで心配することはないけれども、いよいよ親離れしたのかもしれないと、大きな喜びと少しの寂しさを噛みしめる。

もうすぐでロジェが十九歳になろうかという頃、連泊から帰宅したロジェは真っ直ぐに私の元へ駆けて来た。
何日も寝ていなかったのか、髪はぼさぼさで目は充血して隈が出来、髭も伸びてイケメンが酷い有様である。

「セヴリーヌ様、ようやく完成致しました……!」
『あら、おめでとうロジェ。でもその報告は、お風呂に入って身嗜みを整えてからしてくれるかしら?』
心の中で鼻をつまむ。石化したあとは鼻が利くことはないけれども、気持ちの問題だ。
育ての親らしく、ここはびしっと注意した。女性の前で清潔さは大事である。

「失礼致しました、直ぐにまた参ります」
ロジェはハッとして自分の匂いを嗅いだ後、小瓶を置くと慌てて風呂場へと向かう。
まだ私に従順だわ、と確認して心の中でにんまりと笑った。

「お待たせ致しました」
『……』
ごく僅かな時間しか経過していないが、ロジェはガウンだけ羽織った姿で、タオルでゴシゴシと濡れた髪を拭きながら再び私の前に姿を現す。
よっぽど気持ちが急いているらしい。

『それで、私に何を見せたいのかしら?』
「これです。私が作った、解石剤です」
『……はい?』
げせきざい?初めて聞く言葉に、内心首を傾げた。
「三百年前の資料を片っ端から漁らなくてはならず、しかもロドヴェーヌ王国時代の書物はその多くが帝国に支配された時に廃棄されたので、遅くなりましたが……」
『ええと、申し訳ないのだけど、ロジェ。それは何かしら?』
「ああ、失礼致しました。これは石化を解く薬です」
『まあ……』

彼の手に握られた小瓶をじっと見つめる。
涙の出ない私の瞳が潤んで視界が滲んだ気がした。
私の愛し子は、本当に最高だ。私の一番の望みを、こんなに早く叶えてくれるなんて。

『嬉しい……これでやっと、私も死ねるのね』
「は?」
『え?』
私が視線をロジェに戻すと、彼は初めて私に対して怒りの感情を向けていた。
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