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2、甘美な誘い

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「お姉様」
姉妹だけが使う特別な個室部屋に入ってドアを閉めるなり、クローチェはその美しい顔に湛えていた微笑をすぅ、と潜めてたった一人の姉を呼ぶ。
「な、何でしょう?」
マリーエは、少し上擦った声で返事をした。
「今日、知らない男に声を掛けられていませんでしたか?」
「……え?」
クローチェに言われて、マリーエは今日あったことを思い出す。
(知らない男……知らない男……?)
けれども、マリーエが思い出す限り、男に話し掛けられた記憶はない。
「拾ってあげていたでしょう?」
そう重ねて言われて、マリーエはやっと思い出した。
道端にいた男の子の落とした果物を拾って、渡してあげたのだ。
確かに「ありがとうございます」とは言われたけれども、そもそもその男の子が果物を落とした原因は、クローチェに見惚れたからである。
御礼を言いながらも、男の子の視線はクローチェに向けられていた。

「あれは、声を掛けられた範囲に入りませんし……何より、あの子は男というより男の子だと思いますよ?」
クローチェ以外の他人とマリーエが話すことを、妹が極端に嫌がることを知っているので、マリーエはあえてその事実を告げたのだが。
「あの歳になれば、既に精通もありますし性行為についての知識もあります。いえ、むしろ性行為に興味関心しかない年頃です」
クローチェは淡々と答えて、最後にこう付け足した。
「そんな調子ですと、お姉様なんて簡単に騙され犯されてしまいます。そんなこともわからないなんて……今日は躾なおし、ですね」
そしてニッコリと笑う。
その途端にマリーエは顔を真っ赤にさせて、一歩後退った。
そんなマリーエの様子に気付かない訳もなく、
「お姉様、先程のご様子ですと……私に、他のことで声を掛けられるのだと期待したのではございませんか?」
と言いながらマリーエが後退った分以上に、詰め寄った。
「そ、そんなこと──」
「ない、とおっしゃるのなら、さっさと修道服を脱いで下さい」
「……っ」
そう言われたマリーエは、今度は俯く。
修道女は本来、清貧・貞潔・従順の誓願の下に生活するものであるから、本当に神がいるのであれば、いつかは二人に天罰が下るのであろう。そうとわかっているけれども、マリーエがクローチェに抵抗を見せたのは最初だけだった。

クローチェを拒否するには、マリーエは彼女を愛し過ぎていたから。

「……何を躊躇されているのです?早く寝間着に着替えましょう?」
いつの間にそんな傍に来たのか、クローチェはマリーエの耳元で囁く。
それは甘美な誘いであることを、マリーエは知っていた。

クローチェは修道服を脱ぎ、畳んで自分のベッドの脇の籠にそっと入れた。麻布で出来た寝間着には目もくれず、裸のままベッドに座って姉を誘う。
「お姉様、こちらに」
「……クローチェ……」
マリーエは、上擦った声で名前を呼びながらクローチェに一歩ずつ、近付いた。
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