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依頼
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黄色い色彩人がパソコン裏の底に広がる空間から声をかけてきたのは、ぼくが仕事のファイルを仕上げた直後のことだった。パソコンでの作業が仕事の大半を占めているから、ぼくの仕事はパソコンに住む彼には筒抜けだった。
彼らは、パソコンに住んでいるといっても、パソコンの中にいるわけではないからややこしいな、とぼくは思った。正確にはパソコンの裏の奥、、、。
「そんなことどうでもいいから、顔を出してくれないか」
ん? 考えていることまで筒抜け?
まさか。
疑念は100パーセント拭いきれなかったけれど、ちょうどひと段落ついたところだし、誘いに乗るのも気分転換になる。ぼくは言われるままにモニタから頭を突っ込んだ。
ジジ。
あらためて頭を突っ込むと、頭部が境界線を超えるとき、ショートしたような音を拾うことに気づいた。整流に逆らうと抵抗に遭う。つまりぼくは、流れてはいけないところに踏み入ろうとしているということなのか。
「やあ」黄色い色彩人がスポットライトを浴びた底から声をかけてきた。仕事に区切りをつけパソコンのウインドウを全部閉じていたから、振り向くとモニタの裏側から部屋の中がうかがえた。
モニタ越しに見る部屋は確かにぼくの部屋だったが、違和感がある。テレビに手相を見るくらいに近づくと細かいドットが浮き彫りになる。遠目では立体に見えるのに、近づくと平面感がバレてしまう。そんな感じの違和感。立体的に描かれているように思えるのだ。
「早急な頼みがあるんだ」と黄色の小さな色彩人が切り出した。
「前置きなしなんだね」
ぼくは、大人のゆとりを間に置いた。いや、置こうとした。
だけど彼は、用件以外は耳に入れない。
「これからプリントアウトする用紙を、画面に表示するところに送ってほしいんだ」
ぼくは彼の言ったことを頭の中で咀嚼した。
指定もしていないファイルを印刷のコマンドも入れていないのにプリントアウトし、それを文字を表示させるアプリを起動させることなく宛先を表示する。
あり得ない。
「あり得る」
あり得ないはずなのに、あり得る。を咀嚼した。
モニタに頭を突っ込んでいること自体があり得ないのだ。小さな色彩人が意志をもって話しかけてくるなんてことが実際に起こっているのだ。あり得ないことが起こることがあっても不思議じゃない。
きっとぼくはこれから、またこの世の不思議を体験することになる。
「わかった」
納得したわけではなかったけれど、ぼくは彼の期待する応えを口にしていた。
頭を抜くと、入れたときと同じ、ジジ、と電極がショートする音が耳に入った。
体に異変は?
意味なく手のひらを開いてみつめてみたが、少なくとも手のひらに異常はなかった。
当たり前か。モニタに入れたのは手ではなく頭なんだもの。異変が起こっているとすれば頭のほうがどうにかなっているはずだった。
確かに頭はどうにかなってしまっている。あり得ないことのオンパレードを認めようとしているのだから。
ただ待っていてもしかたがなかった。机に手鏡があったはずなので引き出しを開けようとしたそのとき。
さわってもいないプリンタが印字を始め、モニタに新しいフォルダが浮かび上がった。フォルダには「送付先」の3文字が並んでいる。
鏡はあとでいい。
これか、とぼくは右手をマウスに起き、カーソルを新しくできたフォルダに移動させた。
ダブルクリック。
ファイルはなく、いきなり文字が横一文字に並んでいた。文字は十字や丸や三角みたいなものが筆記体で描かれていた。左から右へ書かれたことが、筆記具の始点と終点からうかがえる。
ぼくの理解できる文字ではなかった。どこぞの国の言葉というようなあたりをつけることもできなかった。これまで見たどの文字でもない。
強いていえばアラビア文字に似ている気もするが、なんというのかな、アラブの国々の文字とは違って丸みや点がない。直線的で直感的な文字。
ぼくは画面をキャプチャして、印刷をかけた。
プリンタから最初に打ち出された用紙にも、同じタイプの筆記体がびっしり並んでいる。どうやら用件はA41枚で済むらしい。手紙とおぼしきものの印刷が終わると、続けて宛名がプリンタから排出されてきた。
「これか」
「ソウダ」
ストローから聴こえてくるような声で、黄色い色彩人が応えた声が聞こえた。
「そいつを封筒に入れて投函してくれ」
投函?
こんなので郵便局が理解してくれるのか?
「よけいなことは考えなくていい。事態は急を要するんだ」
理解なしに行動することなんてこれまで一度もなかったぼくが、黄色い色彩人の言われるままに、考えることなしに引き出しから封筒を取り出していた。
封筒の隣には手鏡が置いてあった。気がついたけれどもぼくは手鏡を取り出すことなく引き出しを閉めた。
取り急ぎ、ぼくはこの手紙を投函しなければならない。
宛先をハサミで切り取って、と思ったところでハサミを取り出すことを忘れていた。
もう一度引き出しを開け、ハサミを取り出す。手鏡はまだそこで待っていたけれど、そのまま引き出しを閉めた。
「ところで」
段取りなしに進んでいく物事には、こうした不備があとからぼろぼろこぼれてくる。
だから最初に考えておかなければならないというのに。不備を押しつけられ、尻拭いをさせられているみたいで僕はいらっとした。
不機嫌に「切手はいくらのを貼ればいいの?」と投げつけるように訊いた。
「切手はいらない」素っ気ない返事が返ってきた。
彼らは、パソコンに住んでいるといっても、パソコンの中にいるわけではないからややこしいな、とぼくは思った。正確にはパソコンの裏の奥、、、。
「そんなことどうでもいいから、顔を出してくれないか」
ん? 考えていることまで筒抜け?
まさか。
疑念は100パーセント拭いきれなかったけれど、ちょうどひと段落ついたところだし、誘いに乗るのも気分転換になる。ぼくは言われるままにモニタから頭を突っ込んだ。
ジジ。
あらためて頭を突っ込むと、頭部が境界線を超えるとき、ショートしたような音を拾うことに気づいた。整流に逆らうと抵抗に遭う。つまりぼくは、流れてはいけないところに踏み入ろうとしているということなのか。
「やあ」黄色い色彩人がスポットライトを浴びた底から声をかけてきた。仕事に区切りをつけパソコンのウインドウを全部閉じていたから、振り向くとモニタの裏側から部屋の中がうかがえた。
モニタ越しに見る部屋は確かにぼくの部屋だったが、違和感がある。テレビに手相を見るくらいに近づくと細かいドットが浮き彫りになる。遠目では立体に見えるのに、近づくと平面感がバレてしまう。そんな感じの違和感。立体的に描かれているように思えるのだ。
「早急な頼みがあるんだ」と黄色の小さな色彩人が切り出した。
「前置きなしなんだね」
ぼくは、大人のゆとりを間に置いた。いや、置こうとした。
だけど彼は、用件以外は耳に入れない。
「これからプリントアウトする用紙を、画面に表示するところに送ってほしいんだ」
ぼくは彼の言ったことを頭の中で咀嚼した。
指定もしていないファイルを印刷のコマンドも入れていないのにプリントアウトし、それを文字を表示させるアプリを起動させることなく宛先を表示する。
あり得ない。
「あり得る」
あり得ないはずなのに、あり得る。を咀嚼した。
モニタに頭を突っ込んでいること自体があり得ないのだ。小さな色彩人が意志をもって話しかけてくるなんてことが実際に起こっているのだ。あり得ないことが起こることがあっても不思議じゃない。
きっとぼくはこれから、またこの世の不思議を体験することになる。
「わかった」
納得したわけではなかったけれど、ぼくは彼の期待する応えを口にしていた。
頭を抜くと、入れたときと同じ、ジジ、と電極がショートする音が耳に入った。
体に異変は?
意味なく手のひらを開いてみつめてみたが、少なくとも手のひらに異常はなかった。
当たり前か。モニタに入れたのは手ではなく頭なんだもの。異変が起こっているとすれば頭のほうがどうにかなっているはずだった。
確かに頭はどうにかなってしまっている。あり得ないことのオンパレードを認めようとしているのだから。
ただ待っていてもしかたがなかった。机に手鏡があったはずなので引き出しを開けようとしたそのとき。
さわってもいないプリンタが印字を始め、モニタに新しいフォルダが浮かび上がった。フォルダには「送付先」の3文字が並んでいる。
鏡はあとでいい。
これか、とぼくは右手をマウスに起き、カーソルを新しくできたフォルダに移動させた。
ダブルクリック。
ファイルはなく、いきなり文字が横一文字に並んでいた。文字は十字や丸や三角みたいなものが筆記体で描かれていた。左から右へ書かれたことが、筆記具の始点と終点からうかがえる。
ぼくの理解できる文字ではなかった。どこぞの国の言葉というようなあたりをつけることもできなかった。これまで見たどの文字でもない。
強いていえばアラビア文字に似ている気もするが、なんというのかな、アラブの国々の文字とは違って丸みや点がない。直線的で直感的な文字。
ぼくは画面をキャプチャして、印刷をかけた。
プリンタから最初に打ち出された用紙にも、同じタイプの筆記体がびっしり並んでいる。どうやら用件はA41枚で済むらしい。手紙とおぼしきものの印刷が終わると、続けて宛名がプリンタから排出されてきた。
「これか」
「ソウダ」
ストローから聴こえてくるような声で、黄色い色彩人が応えた声が聞こえた。
「そいつを封筒に入れて投函してくれ」
投函?
こんなので郵便局が理解してくれるのか?
「よけいなことは考えなくていい。事態は急を要するんだ」
理解なしに行動することなんてこれまで一度もなかったぼくが、黄色い色彩人の言われるままに、考えることなしに引き出しから封筒を取り出していた。
封筒の隣には手鏡が置いてあった。気がついたけれどもぼくは手鏡を取り出すことなく引き出しを閉めた。
取り急ぎ、ぼくはこの手紙を投函しなければならない。
宛先をハサミで切り取って、と思ったところでハサミを取り出すことを忘れていた。
もう一度引き出しを開け、ハサミを取り出す。手鏡はまだそこで待っていたけれど、そのまま引き出しを閉めた。
「ところで」
段取りなしに進んでいく物事には、こうした不備があとからぼろぼろこぼれてくる。
だから最初に考えておかなければならないというのに。不備を押しつけられ、尻拭いをさせられているみたいで僕はいらっとした。
不機嫌に「切手はいくらのを貼ればいいの?」と投げつけるように訊いた。
「切手はいらない」素っ気ない返事が返ってきた。
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