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その7 溶け合わぬ3つの色彩の融合。
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文京・豊島・北の3区がそれぞれ押しつ引きつつ、駒込という一個の個体が形づくられている。一枚板のように見えて実は互いに同化し合うことのない水と油とパレットなのに一枚岩みたいに一丸で、まるで一人称が振る舞うみたいに確固たりて、しなやかなのは、支柱の鼎立が安定の土台になっているからだ。
おまけに3つの顔を巧みに使い分けるものだから、隙がない。侵略を企む者がいたとしても、おいそれと牙城を崩せそうにないと思わせて、尻込みののち尻尾を巻いて逃げ出させてしまうほど狡猾に顔色を使い分けている。
側から見れば完全無欠の団結力。
だけどそれはあくまでも外側からとらえるという、芝生を青く見る視点からの話。
いったん内側にまわり込めば、擦れ合うたびにギシギシと擦過音をたてた軋みが露わになっている--そんなほころびを見つけたりすることがある。その軋轢の大きさたるや。
ほら、北区所属の霜降銀座と豊島区所属の染井銀座の境界線に、その爪痕が生々しく残されている。鉤裂きで区境を線引きしたタイルには、燃え盛る情念の戦跡が、その境に焔の残骸を黒々と残している。
頑ななまでに相容れず、主張し、拒み続けてきた結果だ。
やっかいなことも起こる。
内実を知らない異邦人がやってくれば、腑に落ちない疑問の落とし穴にすぽんとはまってしまう。
「お向かいのお店なのに、なぜ豊島区の仮想通貨が使えないの?」
こちらで使えて、あちらで使えない。顔を右に向けても左に向けても、店のたたずまいはなにも教えてくれない。
こうした摩訶不思議な現象は、北区で使える仮想通貨にしても同じこと。
世の常識からすれば、商店街なるものはひとつでひとり、唯我独尊の香りを放つ甘い密だ。そこに誰が自治同士の縄張り争いがあるなどと思いもよろうか。
供する者には供する者の都合があることはわかる。
だけど、受ける側には受ける側の都合もある。ちんまりした商店街は、ストリート全体が複合商店みたいなもの。そこに収まった店子がそれぞれ使用可能通貨を決めているようなものだ。雰囲気に酔う居心地の面では納得できても、使い勝手はよろしくない。
同じ日本で、しかも同じ駒込にある商店街なのだ! なぜひとつにまとまらぬ?
そんな憤りが噴出するのもごもっとも。疑問が輪をかけてふくらんでいくのも先刻承知。
でも、そんなことで声を挙げても、今さら変えようがないのだね。
たとえばさ、国家が法律で大枠を決めても、中くらいの枠は実は曖昧でよくわからなかったりする。そんなことって割と多くある。
さらに小さな枠になれば曖昧具合も裾野を広げる。
だからどうしても国→地方→県→市区町村と枠が小さくなるに連れ独自のルールが必要になってくるんだね。そしてそれが時代の川の流れの中で、しがらみとして固着していく。
駒込の商店街にも、独自のしがらみが出来上がっている。
だがそれは今や、互いに牽制し、敵対するためのものではなくなっている。
なぜなら、大人になったから。
人には計算の得意な人もいるし、流行の目利きもいる。ヘアデザインを任せれば右に出る者無しという人もいれば、似顔絵を描かせれば天下一品という画家もいる。
おじちゃんをずっと追いかけている人もいれば、野菜嫌いが臭覚を磨き野菜を扱わせれば天下一品という達人も現れた。
人には人の、これぞという領分がある。
これまでの歴史がここに住む人々に浸透させていった真理だった。
この街には混ざることのない独自の色合いが3つある。それらは今、互いに存在を認め合い、頼り合うようになっている。
押しつ押されているうちに、水滴が巨石に穴を開けるみたいに自然とできあがった窪みに、相手の触手が入り込み、それが支えになっていたことに気づいたから。
ここで暮らす人々も、区ごとの所轄にこだわってしまうと、暮らしが窮屈になってしまうことを知っている。
供給は需要によって潤沢に循環する。
売る人も買う人も、そのことをよくわきまえている。
所属する区ごとに単独で生きていくことはもはやできなくなった不思議な街。
それぞれ寄り添い助け合う相関関係はこのようにして微妙な均衡を保ちながら、共存共栄という時代の川を逸れることなく流れている。
おまけに3つの顔を巧みに使い分けるものだから、隙がない。侵略を企む者がいたとしても、おいそれと牙城を崩せそうにないと思わせて、尻込みののち尻尾を巻いて逃げ出させてしまうほど狡猾に顔色を使い分けている。
側から見れば完全無欠の団結力。
だけどそれはあくまでも外側からとらえるという、芝生を青く見る視点からの話。
いったん内側にまわり込めば、擦れ合うたびにギシギシと擦過音をたてた軋みが露わになっている--そんなほころびを見つけたりすることがある。その軋轢の大きさたるや。
ほら、北区所属の霜降銀座と豊島区所属の染井銀座の境界線に、その爪痕が生々しく残されている。鉤裂きで区境を線引きしたタイルには、燃え盛る情念の戦跡が、その境に焔の残骸を黒々と残している。
頑ななまでに相容れず、主張し、拒み続けてきた結果だ。
やっかいなことも起こる。
内実を知らない異邦人がやってくれば、腑に落ちない疑問の落とし穴にすぽんとはまってしまう。
「お向かいのお店なのに、なぜ豊島区の仮想通貨が使えないの?」
こちらで使えて、あちらで使えない。顔を右に向けても左に向けても、店のたたずまいはなにも教えてくれない。
こうした摩訶不思議な現象は、北区で使える仮想通貨にしても同じこと。
世の常識からすれば、商店街なるものはひとつでひとり、唯我独尊の香りを放つ甘い密だ。そこに誰が自治同士の縄張り争いがあるなどと思いもよろうか。
供する者には供する者の都合があることはわかる。
だけど、受ける側には受ける側の都合もある。ちんまりした商店街は、ストリート全体が複合商店みたいなもの。そこに収まった店子がそれぞれ使用可能通貨を決めているようなものだ。雰囲気に酔う居心地の面では納得できても、使い勝手はよろしくない。
同じ日本で、しかも同じ駒込にある商店街なのだ! なぜひとつにまとまらぬ?
そんな憤りが噴出するのもごもっとも。疑問が輪をかけてふくらんでいくのも先刻承知。
でも、そんなことで声を挙げても、今さら変えようがないのだね。
たとえばさ、国家が法律で大枠を決めても、中くらいの枠は実は曖昧でよくわからなかったりする。そんなことって割と多くある。
さらに小さな枠になれば曖昧具合も裾野を広げる。
だからどうしても国→地方→県→市区町村と枠が小さくなるに連れ独自のルールが必要になってくるんだね。そしてそれが時代の川の流れの中で、しがらみとして固着していく。
駒込の商店街にも、独自のしがらみが出来上がっている。
だがそれは今や、互いに牽制し、敵対するためのものではなくなっている。
なぜなら、大人になったから。
人には計算の得意な人もいるし、流行の目利きもいる。ヘアデザインを任せれば右に出る者無しという人もいれば、似顔絵を描かせれば天下一品という画家もいる。
おじちゃんをずっと追いかけている人もいれば、野菜嫌いが臭覚を磨き野菜を扱わせれば天下一品という達人も現れた。
人には人の、これぞという領分がある。
これまでの歴史がここに住む人々に浸透させていった真理だった。
この街には混ざることのない独自の色合いが3つある。それらは今、互いに存在を認め合い、頼り合うようになっている。
押しつ押されているうちに、水滴が巨石に穴を開けるみたいに自然とできあがった窪みに、相手の触手が入り込み、それが支えになっていたことに気づいたから。
ここで暮らす人々も、区ごとの所轄にこだわってしまうと、暮らしが窮屈になってしまうことを知っている。
供給は需要によって潤沢に循環する。
売る人も買う人も、そのことをよくわきまえている。
所属する区ごとに単独で生きていくことはもはやできなくなった不思議な街。
それぞれ寄り添い助け合う相関関係はこのようにして微妙な均衡を保ちながら、共存共栄という時代の川を逸れることなく流れている。
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