駒込の七不思議

中村音音(なかむらねおん)

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その6 ウワテな住人

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 巣鴨の地蔵通り商店街と決定的に違うのは、ここは訪ねるところではなく、居るところなのだ。
 駒込の霜降・染井銀座には老舗の和菓子屋こそあれ、威勢で誘う土産物屋も、匂いで釣る露店もない。あるのは数軒の肉屋と地元サイズのスーパー、本屋が1軒、カフェ数店に魚屋2軒。ちんまりしているから程よいとも取れるが、ほどよい加減で配された店舗群を尻目に、ある業種の店だけが異様に突出している。歯科医は何軒もあるし、犬も歩けば整骨・整体・鍼灸医院の数々にぶち当たる。猫の額ほどと言っていいしょうてんがいなのに、美容院と花屋も花飾り、花盛り。
 どうしてこうも店の色合いが偏重しているのか、知ったふうな口を聞けばひとえに老人率の高さによる、ということになる。

 出店する店の主は獲物のいる池に釣り糸を垂らそうとする。商売の鉄則だからだ。
 垂れてきた釣り針を水中からうかがう池の魚たちは、暗渠あんきょとなった水路の蓋上で音を立てるより早く思いを巡らせ、どの蜜に食らいつくか、値踏みのそろばんをはじくのに鼻歌を混ぜる。

 ここに暮らす老人たちは経済循環の甘い罠に、かくしてとぽんとはまってしまう。ハナから疑うことをあまりしてこなかった下町人情でつながる旧態依然の無垢たちは、ああ、お店ができてよかった、あのお店は親切で腕がいいと褒めはやす。
 表に出すよそ行きの顔では。
 本音など腹の底に据えることをとうに心得ている座った肝で、入れ歯をはめ込む早業はやわざのように、言葉に感謝と賞賛をかぶせる。

 表向きには、黒い腹の底でにたりと舌を出してほくそ笑むのは、古い街に新し文化をもたらした夢も希望もある若い店主ばかりなり、と見える。

 同業他社が集ってもまだ余りある懐の温もり具合は、それしきのことで冷えはせぬ。なぜか、と疑問に思う店主はこれまでひとりたりともいなかった。

 だが考えてみるといい。ここに暮らす老人たちは、これだけ同業者者があふれてもその金脈を細らせることはない。それに、下手へたなものは置かない店が繁盛する土地柄なのだ。品定めが日常の審美眼を備えた御仁、ご婦人が相手、誰もが強者つわものであることは紛れのない事実なのだ。
 万が一、孫を装う大事件が勃発しようものなら、プロバイダを介することなく隣近所の連絡網に一斉配信できるほどの底力も秘めている。あなどってしまうと痛い目に遭うのは仕掛けた側だ。

 住人と出店者の、引きつ押されつの心理戦。

 駒込の七不思議、その6。

 古くから続くこの街に店を出した新しいアルジたちは、実は自らの自由意志を積み上げて決断したのではなく、逆に商売繁盛という蜜の幻想を描かされ、狡猾なまでの段取りに導かれて居をかまえさせられ、そして生かされている。こんな街、ここをおいてほかにない。

 ま、みんな幸せそうにしてるから、結果オーライなのだけれどもね。

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