駒込の七不思議

中村音音(なかむらねおん)

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その3 飼い猫の長閑に隠された真意

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 水路に生息していた生き物たちは、えら呼吸をする者だけではない。川面に口をつけ、喉をうるおす者もまた。
 このような話を持ち出したのには、ある記憶に起因する。今、静謐せいひつならされた地上からでは想像だにできないおぞましく、ゆえに忌避きひしてきた現実に目を向けたとき、地上のある地獄に結びついた。

 あれは深夜にさしかかろうとする新宿駅構内でのこと。ホームから見下ろす線路には、駅員がトングで拾い上げるより先に地中からうじゃと這い出した晩飯にかぶりつく小さな者たちが、粉々に散り黒味を帯び始めた真紅のカケラに我先に齧歯げっしを突き立てていた。

 地中には、人の目につかぬ領域違いの生き物が潜んでいる。知ってはいながら目を閉じみないフリをしてきたそいつたち。
 そいつたちは人がコミュニティを結び始めたころから人と敵対し、盗み取れるか逃げ切れるかの終わりなき攻防を繰り広げてきた。

 駒込でこうした地下で生きる者たちとの交流にこれまで出くわさなかったのは、事前の防波堤の強さによる。
 ひと役買う以上の力を発揮しているのは、我が物顔で街のそこここに縄張りをつくる猫たちの存在であった。

 彼らは、野良ではない。どこかの家で飼われ、それでいて自由に商店街や寺院などを闊歩かっぽという名目で見まわっている。いつでも、れき死体で粉々になった肉片を地中のどこからか湧いて出る小さな者たちが牙を向く前に、より大きな牙で威嚇して爪をたてられるように。
 さしもの小さな生き物たちも、これにはたまらない。そのことをよおく心得ている。
 
 駒込の猫は、ふだんぐうたらな顔をしていても、ここで暮らす人々はその功績をよく知っているのだ。

 
 日光東照宮の眠り猫は、眠ったふりをして実は薄っすらと目を開け、小さな者たちが通るのをいつかいつかと待ちかまえている。それに対し駒込の猫は「興味はないし、獲る気もない」とあざむいいて獲る。したたかなのだ。

 ほら今日もまた、商店街で、お寺の境内で、のほほんと陽だまりで長閑のどかを装っている。


 なぜそれが装っているとわかるのか?
 疑問に思ったら、そっと近づいてみるといい。猫は咄嗟とっさに警戒をあらわし、人と距離をとる。察知した危険が本物ならば、返したきびすでどこぞの路地に消えていく。察知した危険が思い過ごしとわかったら、ニャアの猫撫で声ひと声で、人にすり寄ってくる。
 その変わり身の早さに気づくことができれば、猫の真意に少しだけ近づくことができる。
 
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