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その1 無量寺のひとつ石灯籠
しおりを挟む石灯籠が設置されたころに生きていた人はみな「左右にあった」と口をそろえた。塔婆の陰から聞こえてくる声に濁りはなかった。むしろ腹の黒さを殻のカケラさえも感じない清さに溢れていた。
仏の道は無常を説く。ここ無量寺も例外に違わず、与えられた最初の寺号は長福寺のままではいられなかった。時の流れはその潮流に思いもよらぬ力を宿す。身分の高低が、下流の下々を波に飲み、都合よく変えられていく。九代将軍家重の幼名と同じであったことに起因した力技の無常だった。
恣意的か自然の成り行きか。移り変わる世に合わせ形態を蠢かせていくあらゆるものは、すでに指を折ることなど叶わぬ百年単位の流光の末、浮世の臭いを毛穴から染み込ませ、抗いようのない姿に変容していた。
石灯籠はたしかに参道を挟むようにしてふたつあった、とまた声がした。
だが見える石灯籠はひとつしかない。
しかも参道を行き来する人を阻むようにど真ん中に立っている。
枝を蹴るメジロが葉ずれを紡ぎ、オナガがガラスを爪で割くような悲鳴を二度あげて口を噤んだ。
無量寺という名も、はかな世の投影。所詮は移り変わることが世の常、抗っても無駄、そこに質量は不要の意を込めた。
真言宗豊山派の無量寺は正式には佛寶山西光院と号し、かつては六阿弥陀詣での三番目の阿弥陀如来を安置する寺として、彼岸の極楽往生を願われてきた。豊島西福寺、亀戸常光寺などほかの寺院では成し得なかった転輪が具象化したのは、阿弥陀如来の右手に鎮座している不動明王の仙の力によるものだった。ある夜、無量寺に忍び入った盗賊を金縛りで操り幻を見せ、出口と思わせた左の灯篭の火袋を盗人の目に焼き付けた。
備えはそれだけでよかった。あとは背後から脅せばよい。
盗む物を背に背負った盗賊が本堂から足を踏み出した刹那、不動明王が盗人の背中に足蹴を食らわした。
盗賊、べちゃと頽れるが、なにが起こったかさっぱり解せぬ。おまけに背中を踏まれたままでは身動きひとつ出来はせぬ。
なんだってんだ、こんちくしょう!
そこまではよかった。
そのあとが恐怖だった。
踏みつけた背中から足の力を抜いていくと、踠きにもがいた盗賊が自由になりつつある体を起こして振り返る。
そこに。
不動明王!
ふどうみょうおうが。
おいらを睨みつけている!
この世のものではない者が、おいらを!
動転した気では考えるより先に逃げ出すよりほかなかった。弾かれたゴムのように本堂を飛び出す盗賊。向かう先は目の前に見える出口一点、灯篭の火袋しかなかった。
ごん。
音なのか?
光なのか?
闇なのか?
激痛なのか?
盗人は失神し、早朝掃除の小僧が見つけるまで伸びていた。
「和尚さん、たいへんです!」
かくして無量寺の不動明王は「足止め不動」の異名をもらい、壊れた石灯籠の供養にと右の石灯籠を参道の真ん中に据えて「足止め灯篭」として死人の極楽浄土を結ぶようになった。
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