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届け! この思い。
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ずっと忘れられずにいた。その昔、生まれ故郷を今でも現役で走るチンチン電車の⚪︎×温泉電停前角地に大きな書店があったことを。
本屋さんということくらいで、どんな書籍を扱っていたのか、確か2階建てだったと思うがその広さも本の配列も、名前さえ覚えちゃいない。
でも、その本屋さんの存在を忘れられずにいた。
忘れられない思い出があるからだ。
小学校就学を間近にひかえたぼくは、あの日、50円玉を握りしめてその本屋に走った。50円あれば、たいがいの絵本が買えることを知っていたから。
息を切らし、目当ての本を探し当てる。
「これこれ」
手に取ったのは『鉄腕アトム』。
さあ、あとはお金を払って家でゆっくり読むことにしよう。
幸せにひたれていたのもそこまでだった。
裏表紙を見て値段を確かめたら、魂が後方にすっと抜けていった。
「そんな」
投げなしの50円を握りしめてきたっていうのに、そこには100円と書かれていた。
どのくらいの時間、立ち尽くしていたのか知らない。だけどよっぽどの衝撃波を周囲に撒き散らしていたのだろう。学ランに学生帽姿の黒づくめのお兄さんに「どうしたの?」と声をかけられた。
小学生未満の身からすれば、たいへんな大人である。中学生か? それとも高校生?
彼の年齢を憶測したのは、あの時のオンタイムにではない。繰り返し思い起こされる記憶が、後づけで幼いあの日の自分に知恵を授けたのだ。
ぼくはあの時、ただ本の裏表紙と握りしめた50円玉を彼に見えるように示しただけだ。
「足りないんだね」
彼はポケットをまさぐると小銭入れを取り出し、50円玉の乗った手のひらに、50円玉をもう1枚乗せてくれた。
「ありがとう」
「そんなことをされちゃいけない」と思うぼくが、「これで絵本が買える」というぼくと押し引きを繰り返して、ぼくは煮え切らないまま「ありがとう」を口にした。ろくでもないお礼の言葉だった。
レジに向かったぼくの顔は、嬉しさとありがたさと申し訳なさをごちゃ混ぜにした顔をしていたに違いなかった。
結局は「これで絵本が買える」ぼくに押し切られ、置いていかれた思いが消化されずに残った。
真ん中だけ足場を残した吊り橋の板の上に取り残された気分を引きずるくらいなら、あのとき迷いをふっきって、潔くお礼を伝えておけばよかった。ぐずる感情が燃え上がらずに、今日に至るまでくすぶり続けている。
あの日以来ぼくのお礼の言葉は、どこにも行けずに壁の内側で繰り返されている。
ある日、偶然にも、故郷をフィールドとするSNSを通じて、書店名を知る。
SNS ーー いちど閉じて行き場をなくした感情を解き放つ扉なのかもしれないと思った。
この扉を開けることで、あのお兄さんに届いたら奇跡だ。そう高揚したものの、一方で気持ちを鎮める自分もいる。
それでも、まさかと思いながら淡い期待を抱いた。
届け。
「あの時は、本当にありがとうございました」
書店の名は、ラッキー書店。
行き場を失いにっちもさっちもいかなかったものが、進むべき進路に顔を向けた。間違いなく、今あの書店に、あのお兄さんに、近づいている。
本屋さんということくらいで、どんな書籍を扱っていたのか、確か2階建てだったと思うがその広さも本の配列も、名前さえ覚えちゃいない。
でも、その本屋さんの存在を忘れられずにいた。
忘れられない思い出があるからだ。
小学校就学を間近にひかえたぼくは、あの日、50円玉を握りしめてその本屋に走った。50円あれば、たいがいの絵本が買えることを知っていたから。
息を切らし、目当ての本を探し当てる。
「これこれ」
手に取ったのは『鉄腕アトム』。
さあ、あとはお金を払って家でゆっくり読むことにしよう。
幸せにひたれていたのもそこまでだった。
裏表紙を見て値段を確かめたら、魂が後方にすっと抜けていった。
「そんな」
投げなしの50円を握りしめてきたっていうのに、そこには100円と書かれていた。
どのくらいの時間、立ち尽くしていたのか知らない。だけどよっぽどの衝撃波を周囲に撒き散らしていたのだろう。学ランに学生帽姿の黒づくめのお兄さんに「どうしたの?」と声をかけられた。
小学生未満の身からすれば、たいへんな大人である。中学生か? それとも高校生?
彼の年齢を憶測したのは、あの時のオンタイムにではない。繰り返し思い起こされる記憶が、後づけで幼いあの日の自分に知恵を授けたのだ。
ぼくはあの時、ただ本の裏表紙と握りしめた50円玉を彼に見えるように示しただけだ。
「足りないんだね」
彼はポケットをまさぐると小銭入れを取り出し、50円玉の乗った手のひらに、50円玉をもう1枚乗せてくれた。
「ありがとう」
「そんなことをされちゃいけない」と思うぼくが、「これで絵本が買える」というぼくと押し引きを繰り返して、ぼくは煮え切らないまま「ありがとう」を口にした。ろくでもないお礼の言葉だった。
レジに向かったぼくの顔は、嬉しさとありがたさと申し訳なさをごちゃ混ぜにした顔をしていたに違いなかった。
結局は「これで絵本が買える」ぼくに押し切られ、置いていかれた思いが消化されずに残った。
真ん中だけ足場を残した吊り橋の板の上に取り残された気分を引きずるくらいなら、あのとき迷いをふっきって、潔くお礼を伝えておけばよかった。ぐずる感情が燃え上がらずに、今日に至るまでくすぶり続けている。
あの日以来ぼくのお礼の言葉は、どこにも行けずに壁の内側で繰り返されている。
ある日、偶然にも、故郷をフィールドとするSNSを通じて、書店名を知る。
SNS ーー いちど閉じて行き場をなくした感情を解き放つ扉なのかもしれないと思った。
この扉を開けることで、あのお兄さんに届いたら奇跡だ。そう高揚したものの、一方で気持ちを鎮める自分もいる。
それでも、まさかと思いながら淡い期待を抱いた。
届け。
「あの時は、本当にありがとうございました」
書店の名は、ラッキー書店。
行き場を失いにっちもさっちもいかなかったものが、進むべき進路に顔を向けた。間違いなく、今あの書店に、あのお兄さんに、近づいている。
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