上 下
101 / 116

時間の向かう先。

しおりを挟む
 息を繋いだもの、息を継げなかったもの、息を止めているものを含めた都心からほど近いこの商店街を人は流れていく。
 立ち止まれば人の流れは川。いつだって時間の上流からやってきて、低いほうへ流れていった。

 まばたきひとつで明日になり、ふたつで明後日。
 目を軽く閉じれば昨日が見え、ぎゅっとつむれば一昨日がよみがえる。

 人は前に進みながら、後ろを振り返る。
 後ろは踵を返すことのできない過去。
 そこに見えるているのに、阻むガラスが手が止める。
 立ち入ってはいけない、とガラスが口を開く。
 見えているの、手を伸ばすことはできない。決してにつかむことはできない。
 そこに、あるのに。

 爪がガラスに当たると、歯がゆさが生理をさかなでる音をたてる。神経にさわる甲高い擦過音だ。


 時間に逆流はない。
「そんなものなのさ」と冷たく言い放てる者にこそ、もしかしたらひとかたならぬ過去への未練が胸中で渦巻いているのだと、真理が見えた。
 無関心でいられるのなら、心の隙間に突き刺さったセピアに色褪せた写真に納まったものに、すでに失ってしまったものに、痛みは感じない。

 上海楼という街いちばんの中華料理店が商店街から姿を消すことになった。
 蟹のしょうゆ漬けが絶妙だった。辛みを効かせた麻婆豆腐は右にでるものがなかった。

 この商店街は暗渠あんきょの上に成立している。足元には絶えず水が流れている。
 時間もまた水流にさらわれるように、逆流することなく広い海原に向かっている。
 時間の向かう海原とはどこなのだろう?

 地下を流れる水流は、決して大きなものではない。かつては小川程度のかわいらしさ。上海のthe bundと比すれば塵みたいなものなのだろうが、たうたう時間の流れは共有されている。

 時間の向かう海原が、とてつもなく寛容なものに思われてきた。
 もしかして、人によってはそいつを天国と呼ぶのかもしれない。

 時間の向かう先は。
 意識下でとらえられるうちは、生きているということになる。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

兄の悪戯

廣瀬純一
大衆娯楽
悪戯好きな兄が弟と妹に催眠術をかける話

喜劇・魔切の渡し

多谷昇太
大衆娯楽
これは演劇の舞台用に書いたシナリオです。時は現代で場所はあの「矢切の渡し」で有名な葛飾・柴又となります。ヒロインは和子。チャキチャキの江戸っ子娘で、某商事会社のOLです。一方で和子はお米という名の年配の女性が起こした某新興宗教にかぶれていてその教団の熱心な信者でもあります。50年配の父・良夫と母・為子がおり和子はその一人娘です。教団の教え通りにまっすぐ生きようと常日頃から努力しているのですが、何しろ江戸っ子なものですから自分を云うのに「あちし」とか云い、どうかすると「べらんめえ」調子までもが出てしまいます。ところで、いきなりの設定で恐縮ですがこの正しいことに生一本な和子を何とか鬱屈させよう、悪の道に誘い込もうとする〝悪魔〟がなぜか登場致します。和子のような純な魂は悪魔にとっては非常に垂涎を誘われるようで、色々な仕掛けをしては何とか悪の道に誘おうと躍起になる分けです。ところが…です。この悪魔を常日頃から監視し、もし和子のような善なる、光指向の人間を悪魔がたぶらかそうとするならば、その事あるごとに〝天使〟が現れてこれを邪魔(邪天?)致します。天使、悪魔とも年齢は4、50ぐらいですがなぜか悪魔が都会風で、天使はかっぺ丸出しの田舎者という設定となります。あ、そうだ。申し遅れましたがこれは「喜劇」です。随所に笑いを誘うような趣向を凝らしており、お楽しみいただけると思いますが、しかし作者の指向としましては単なる喜劇に留まらず、現代社会における諸々の問題点とシビアなる諸相をそこに込めて、これを弾劾し、正してみようと、大それたことを考えてもいるのです。さあ、それでは「喜劇・魔切の渡し」をお楽しみください。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

由紀と真一

廣瀬純一
大衆娯楽
夫婦の体が入れ替わる話

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...