書庫『宛先のない手紙』

生き延びてきた物と、紡ぎあげていく者。

　より快適で安全でプライバシーも保たれて、という欲求を満たすことに精力を傾け続けて積み上がってきた現代の都市、住宅地。防音・断熱・快適な水まわりはスマホと同じ。なければ？　パニックとまではいかないまでも、抱えなくてもいい不快を抱え込んでしまったようで気分がへこむ。

　そんな現代建築に囲まれて佇む昔ながらの建造物というものを見かけることがある。古風で奇異で、でもどこか凛とした芯をうかがわせるから目を引く。そんな建物だ。
　それは現代まで「生き延びてきた物」。現代の物差しでは測量しようのない基準を備えている。

　時間経過の階段を大またぎで超えてきたそれらの建造物には、記録の階段を下る秘密の通路が残されている。
　かつてを知る人は、記憶の道をたどる。
　かつてを知らない人は想像の空路へ羽ばたく。
　なかには、あれやこれや勘ぐってしまいたくなる建物もある。

　昔は何の建物だったの？
　どうしてこんな装飾が施されているの？
　どんなお方が建てたおうち？

　開く懐疑の扉で、着地点は変化する。

　これらは、さらに時間を遡った遺構とは違う。風化し流され地中にしかその残像を追えなくなった物は、好奇心と想像力、造詣の深さがタッグを組まなければ概要を創りあげることはできないけれども、カタチが残っていれば空想の扉も開けやすい。

　生き延びてきた物の扉を開けられるのは、「紡ぎあげていく者」。今の時代にあって古きを知る審美眼だけが錆びついた鍵穴に適切なキーワードをはめ込む。

「生き延びてきた物」が時間をつないできたように、「紡ぎあげていく者」は人をつなぐ。その連綿と続く受け渡しのバトンに「生き延びてきた物」を語り継ぐ。

　嗜好のベクトルが似た人は、同じような特色を持つ人たちとカラフルなご縁で結ばれていく。

　お得なランチ情報でうれしいを共有する。
　稀有なイベント情報に驚嘆する、を共有する。
　草木を愛でる人は、紅葉の移ろいやバラの開花情報を交換して心をひとつにする。
　深い話を交わせる、いわゆる「その道に精通している方」との思いもよらぬ接点に同期してしまうこともある。
　日々溢れてくる接点は取捨選択され合流し、いくつかの大きな波に育っていく。

　永遠に終わらない「今この瞬間」を起点にした生きたウエーブ。


　意識を注がないと記憶の片隅からさえ消えてしまいそうな「生き延びてきた物」の物言わぬ雄弁を今に拾うのは、生き延びてきた物に耳を傾ける「紡ぎあげていく者たち」だ。

　この世界に生まれ出て、紡ぎあげていく者になった。次に紐解く生き延びてきた物はアレしかない、と心に決めているものがある。。