書庫『宛先のない手紙』

嘘の後味。

　喫茶アフターZのマスターの話を聞くのが心地よい。バー・レトロ・ミーツ・カフェで過ごす時間が心地よい。汐殻珈琲に留とどまっているオーナー夫妻とオートバイのある空間に身を置くのが心地よい。

　そこに嘘はない。

　嘘がなければ話や空間を頼ることができる。傾きかけた身を支えてくれる時間がもてる。
　越してきたこの小さな街にはそうした気のおけない『穴ボコ』がある。ちょっと傷ついたとき、その穴ボコに身を潜め、誰に見つかることなく深く息をすると、傷が癒いえていくような錯覚を覚える。

　大事な時間だ。


　今日、あざとさに身を切られた。
　それもまた穴があいている状態なのだけれども、安堵の穴ボコとは違う落とし穴だ。
　落ちたら最後、身を切られる。

　幸い身を守るすべは知っているから、保身はする。落下しきる前にどうにか手を打つことはできたから、傷は浅い。

　だけど、最悪の事態を回避できたからといって、手放しで喜べるはずはない。
　なぜ俺が狙われたんだ？

　くそ。俺じゃなければかまわけないわけじゃないのに、それでも悔しさが平静を不用意なほど無邪気むじゃきにかき回しつづける。


　言葉が嘘を含むことは2000年もの昔に暴かれていたのに、2020年を経た今でも真実を語らなければ虚はバレない高たかをくくる輩やからがあとを絶たない。

　だけど、言葉には神が宿ることを人々は知った。原罪を背負った人類に神が入り込んだのと時を同じくして。

　口をついで出る一言一句が、発した本人の意志に関係なく、語られた内容と潜めた本意とをみごとにふるいにかけていく。

　口頭の言葉は虚か実か。
　誤魔化ごまかしはきかない。

　言葉に仕つかえ、これまで下積みを重ねに重ねてきた文字の巫女みこの神通力じんつうりき。

　神の声を聞き分けるこの耳を侮あなどってはいけない。