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シャッターは降ろさない。

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 染井銀座商店街をずっと進んだ先のほうに、半額セールを続ける靴屋がある。
 いつからだったかセールは始まり、いつまでたっても終わらない。もう半年になるだろうか。
 数週間ぶりに商店街を歩いた。靴屋の取り扱い商品もだいぶ歯抜けが進み、よく言えばよく売れた、そうでなければ閉じていく寂しさを粛々と振りまいている。

 表には現れぬ待ち人を待ちわびたみたいにいくつか靴が魔を空けて並んでおり、靴屋さんの体裁を保っている。

 染井にはたくさんの路地があり、路地フリークというものがあるのならば間違いなくそこに分類される僕は、お店に路地に似た匂いを感じた。
 店の奥に、色の褪せた時代があった。
 物言わぬそれは「昔は履き物屋だったのさ」と雄弁に語っている。

 桐で作られた下駄、雪駄。
 天狗柄のものなんかは、履かず使わず、眺めてこそ高くした鼻を愛でられる。

 こんにちは。見せてもらっていいですか?
 ガラス戸を引きながら店の人に声をかける。
 下駄を、雪駄を、手に取りながら軽さを確かめ、よく知りもしないのに裏側の具合に目を滑らせる。
 間合いをみて、「桐はね、最初に土の上を歩くんですよ」と老齢の店主が物静かだけれど重ねてきた時間がもたらす威圧感をもって話し始めた。そして「すると下駄に小石が食い込んでくるんです。それがコンクリートを歩くとき、減り防止になる」と続けた。

 へえ!
 これまでかたくなに閉じていたまぶたを見開いて、先人が持つ知恵を今に託そうとしたのだと思った。
 これから先、役立てられるかどうかわからない知識を。

 今度は右手の亜種とも取れる下駄を手に取ってみた。
「こっちの合わせるとまん丸くなる下駄は?」
 存在意義を尋ねたつもりだった。

 だけど少し考えてから店主、「それを作れる職人はいないんですよ」と話をさらりとはぐらかす。
 もしかしたら、こちらの意図するところが伝わらなかったのかもしれなかった。

 もしはぐらかされたのだとしたら、年の功にはかなわない。うまい具合に腰を折る術に長けているとしかとりようがない。
 訊いてはイケナイ質問をしてしまったのかもしれなかった。もしそうならば、突っ込まず、責めず、さり気なく引く、が礼儀。大人なんだもの。ちょっとした行き違いは聞かなかったことにして、会話の余韻として味わえばいい。

 天狗の下駄は鼻緒をつけて1万5000円ほどだ教えてくれた。
 安いのか高いのか判断がつかなかった。時代を飛び越えて目に飛び込んできたものに当てられるモノサシなど持ち合わせてはいない。

「寂しいですね」と僕が言うと、「は?」と聞き返されてしまった。
「お店、閉めちゃうんですよね?」

 店主、少し間を置いてから「孫が継ぐようになったら、これら(下駄)はなくなってしまうけど」と。
 あ、すみません、てっきり閉店するものと思い込んでおりました。

 それでも履き物屋の歴史は、老齢の店主で幕を閉じる。
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