書庫『宛先のない手紙』

中村音音(なかむらねおん)

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凪に波はないのです。

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 凪に波はないのです。
 船を揺らす波はないのです。

 波がたたなければ、誰も揺られることはありません。
 揺られなければ、風情も不快もありません。

 人が幸せを感じるのは、波があるからです。幸せの頂点は波の頂点。見落としてはなりません。波に底があることを。

 ウィルスのないところでは、寒風の海原でさえ風邪をひくことはないと言います。
 ウィルスが「在る」から風邪をひく。
 ひかずにすむ。
 ものごとに揺られていなければ、貴女が表してくれた「素敵」な言葉は出てきません。
 素敵な言葉は海面にせり出した氷山の一角。目で捉えられるところだけしか、言い表していないのです。
 でもその裏方は巨大な塊です。素敵を際立たせるための土台があるのです。そしてそれは素敵とはほど遠いところにある。
 はっきり言って対極です。

 暗闇に走る光が際立つように、私の表現が「素敵」と感じていただけたのなら、貴女は闇も同時に見ているはずです。
 見えているからこそ、「素敵」とおっしゃった。

 あなたもまた、波に揺られてきたのでしょう。
 しかもけっこうな大波に。
 そうでもなければ、波の高みの1点を目盛りを当てたくらい正確に見極めることなどできません。貴女もまた波の底辺の1点に辛酸を舐めてこられたのだと思います。

 私の謝辞は決して心地よいものではありません。
 心得ています。

 でも、表面を撫でるだけの御礼ほど失礼なものはないと常々考えておりました。
 きれいごとを並べるだけでは、伝えいことが伝わりません。
 きれいごとを並べられるだけでは、心がつかまれることはないのです。

 表現に、氷山を支える海面下は書きません。直接的には。
 ただ、海面下の塊は強く意識しています。

 口角を上げるくらいの小さな笑みに、おごそかな悲しみが宿っている。そんなふうなものだと思います。

 貴女は、きれいに並べられた言葉に反応したのではないと思っています。聞いて、読んで、心地よい表現の合間にできた亀裂から、闇をのぞいたのだと思います。
 そしてその、能天気でシンプルな単色ではない、複雑に絡み合い溶け合わない色を遠目て見て、髪の毛ほどの細さの線も見抜いたのではありませんか?

 私の思い過ごしなら、それはそれでかまわないのですが。
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