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溶ける。

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 ガリガリくん開発者の飽くなき探究心に果てはない。
『塩ちんすこう』に引き続き、2020年10月末に『大人なガリガリ君みかん』が出た。みかん果汁・果肉66%と書かれている。これはまさしく我が家の定番『ガツン、とみかん』を意識してのこと。『ガツン、とみかん』もうかうかしていられない。

『ガツン、とみかん』愛好家の我が家としては捨て置けない存在に、さっそくコンビニへ走る。
 ところが、だ。
 買ってきたのはいい。
 帰宅直後に家電いえでん鳴って、急いで受話機上げたら、まったくもう、話の長い叔母からだった。
「でさ、そのあとね」
 と、いつもの調子、どこから始まってどこで終わるのやらわからない。
「うん、それで? で、話はそこまで?」区切りをつけたいこちらとしては、誘導あるのみ。
 だがしかし。敵もさるもの。
「まあ、聞いてよ」と息を継がない。こっちが黙っていると、話の機銃掃射はますます激しさを増していきそうだ。
 しかも、息を継いでいる感じがしない。
 いったいどこで息を吸ってるの?
「というわけなのよ。でも」
 このように話はどこで終わる気配もない。

 だからいつも途中で「ごめん、炒め物してる最中だから」とか「洗濯機が止まったから干さなきゃ」とか「ケータイ鳴ったから」とか「猫が靴下かぶっちゃった」とか、なんだかんとか理由をつけて、電話を切る。
 だからだろうな、次の電話は続きから始まる。

 いっつもそうだよなあ。

 叔母のことは嫌いじゃないし、お小遣いくれるし、美味しいもの御馳走してくれるし。適当にあしらうわけにはいかない。
 そう思って最初は力が入る。ちゃんと聞かなきゃって。でも、次第に締めていた緊張がゆるんでくる。緊張には限界があるのだ。
 忍耐タイマーが終了間近に黄信号が灯って、赤信号、つまり残りゼロになりそうなことを警告する。
 もうそろそろだめ、限界。
 トイレを我慢してるわけじゃないんだから、どうして忍耐が切れそうになると、ああも切なくなるのだろう?
 深掘りする間もなく、時間は無情に過ぎていく。
 そしていよいよ時間切れ。苛立ちのベルがりんりん鳴り始める。
「ごめん、アイス、冷蔵庫に入れなきゃならないんで」
 思い切って切り出した。

 ふう。これで話は終わる。
「だから」電話を切るね、と言おうとしたところで、叔母が、聞きたくなかったひとことをぽつり。
「もしかして『大人なガリガリ君みかん』? あれ美味しいわよ。『ガツン、とみかん』とはちゃんと棲み分けしてあるし。いいわよ、冷蔵に入れてきて。待ってるから」

 がああぁん。
 待ってる、と言われたことはショックだったさ。初めてだったからさ、交わされたの。
 でも、問題はそこではなかった。我が家の嗜好しこうは叔母とて知るところ。むしろ血縁にあるのだから、似て当たり前といえるだろう。その叔母は、すでに『大人なガリガリ君』をチェックしていたのだ。ウチより先に。そして、我が家が知らない事実を叔母は知っていた。『大人なガリガリ君みかん』も『ガツン、とみかん』も、同じ赤城乳業の製品であることを。
 なんだ、会社の戦略なんじゃん。そのことにガツンと衝撃を受けた。

 受話器を保留して、買ってきた『大人なガリガリ君みかん』を冷凍庫にしまった。端のほうが溶けはじめていて、ガリガリ君が肩を落としているみたいだった。
 がっかりしたのはこっちのほうだよ。冷凍庫に入れるまで、どれだけの時間、話したんだ?

 味は、きっと気に入るんだろうな。
 食べる前に叔母から聞いちゃったんだもの。
 好みが近似しているから、疑いのない現実だろうと思った。
 そしてこれからは冷蔵庫に『大人なガリガリ君みかん』と『ガツン、とみかん』が並ぶようになる。



「もしもし」保留してあった受話器を耳に当てると、叔母は一時停止ボタンを解除して、まくしたてを再開した。
「ガツンとのほうはみかん丸ごとなのに対して」
 そこまで聞いてから僕は叔母の言葉を#遮__さえぎ_#った。
「もういいよ」
 叔母の話を止めることなんてこれまでいちどもなかった。初めてのことだった。

 叔母が異変に気づいて気遣う。
「どうしたの? なにかあった?」

 めげたぼくの体は端のほうから少しずつ溶け始めていた。

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