書庫『宛先のない手紙』

まぐあい。

※まぐあい（目合い）=見つめあって愛情を交換すること。


　順番が巡り夫婦になって思うのは、彼ももふつうの人だったってこと。
　優しくふるまっても我が強く、食欲旺盛で、出世欲もあり、性欲もそれなりにたくましい。
　おんなじ。
　ひとつを除いては。


　夫婦になって変わったのは、恋人から家族になった感じかな。籍が入るまで、所帯を共にするまで、逢瀬自体にあれだけ胸をときめかせていたのに、今は静まり返っている。
　凪。
　なんてこと、きっとふつうの結婚だったら、ケロリとゆとりをかませるんだろうけどね。
　　
　ひとつ、決めていたことがある。
　夫婦の間、私は女でいよう。
　彼に私を刻み込んでいくために。

　強いけどか弱く欺き、あざとさは妖艶な下着で包み隠し、彼の自尊心に三つ指ついて頭を下げてついていく。

　私だって性欲はあるし、充たしたい。
　充たすだけならひとりでも処理できるけど、この機会は意味が違う。

　私だってほかの女たちと同じように、つま先まで痺れさせてくれる導きに翻弄されてみたい。
　でも、それだけではダメなの。

　これから私は一度きりの打ち上げ花火のような時を過ごす。


　「私と仕事、どっちが大事？」と私は彼を問い詰める。
　困らせるために。
　残すために。
　
　毎晩私は彼に迫る。
　スリットで、乳房で、妖艶な流し目で。
　残すために。
　そう、残すために。二重の意味で。

　彼の指に溺れることもあるだろう。

　刺激を受ければ、子宮の奥がきゅうーっと切なくねだることもあるだろう。
　したい気持ちを、潤んだまなこで訴えることもあるだろう。

　でも、それだけじゃダメなの。

　旦那さまとの時間は、刻んでいくものでなければいけない。
　私にだけではなく、彼にも。

　ふたつの線香花火をくっつけたときみたいに、吸いつき溶け合ってきつく絡みあうような濃さがほしい。

　でなければ残らない。

　
　彼を慈しみたい、ルーティンにこなすだけでなく本音をさらけ出してもらいたい、もっと知りたい、知ってもらいらい。
　抱きたい欲求に乗せて、私を内側から理解して。


　ほら、これが私のカタチ。
　心のひだの具合もわかるでしょ？
　
　感触をフル動員して私を知って。刻み込んで。
　
　じょうずにそそるから、努めて。
　確かめ合うことに。

　一方的ではいけないわ。
　繋ぐ命のためにも。
　
　ふたりの証を積み上げるためにも。

　まぐあいながら体を重ね、ふたりにしかたどり着けないところへ行くの。
　そうした時間にしたいの。

　
　無精子症の比率が逆転し、採られた施策が時限結婚。
　既婚者が選択できる、着床を目的としたかりそめの期間限定重婚。
　有精子の彼との時間が終われば、生涯を誓った本夫との時間に戻る。

　私は本夫が好きよ。
　一緒にいて安心できるもの。
　優しい人よ。
　子どもが欲しいのなら、申し込もうと言ってくれたのだもの。

　あなたが拳を握りしめ、そう言ってくれたとき、唇から血が滲んだことを私は知っている。
　ぽたりと落ちた涙粒がひとつやふたつで済まなかったことを、私は切なさで見つめていた。

　でもね、生まれてくる子の遺伝子は、あの男のものなの。
　だから、あの人にも私を、生まれてくる子を刻んでおいてもらいたい。