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実録・腹痛地獄。

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仕事の時差でたまたま夜中の3時に食事を摂った翌日、異様に腹が張ってしかたがない。

「調子が狂った食のせいさ」と高をくくっていたら、胃が張り腸が重い。しまいには、ゆとりあるズボンのウエストがきつく腹に食い込んできた。
そうなってしまうと、もうただごとではない。

数歩で脇を抱え、さらに進むとうずくまる。

痛い。

どうにもこうにもならないくらい痛い。

痛みが胃から喉に上がってきて、悲鳴となってわめき散らしそうだった。

この時初めて痛みで朦朧となることを我が事として受け止めた。

歩いていて、ふうっと意識が薄くなるのだ。おっと。意識を取り戻してまた歩く。痛みを両腕で抱えても、なんの足しにもならなかった。

吐き気もある。

いててて。

これが陣痛の苦しみってやつか?
どうしようもないことを考えているのに、それがさも真理であると疑わなかったほど、翻弄されていた。

痛みは続いた。
会社で増した痛みは、パソコンで輪をかけ、書類にハンコを押してはダメ押しの激痛が走った。
「わるい、ちょっとトイレ」
背中を丸めた姿はまるでノートルダムのせむし男。いや、それ以上に腹を抱え込んでいたかもしれない。
だが、ちっとも痛みは治まらない。


早退。

ラッシュ前の電車。幸運にもすぐに座れたが、痛みは不幸のどん底からさらに深くを掘ろうとしている。

猛痛。

だめだ。タクシーにしときゃよかった。
思うも、後の祭り。


夜。

痛くて寝られない。

丸くなって少しでも楽にと思っても、右を向けば右から痛むし、左に寝返れば左から痛んだ。

痛みは腹部全身を脈打ちながら広がっていく。

どくん。どくん。どくん。

                            痛
          痛痛    痛痛   痛痛    痛痛痛
痛痛 痛痛 痛痛 痛痛痛痛  痛痛痛痛 痛痛痛痛  痛痛痛痛痛
          痛痛    痛痛   痛痛    痛痛痛
                            痛

こんな感じだ。

上を向けば最悪。圧迫された背中は痛いし、同時におなかの中心部は痛いし、みぞおちも同時に痛かった。

こりゃあもしかして、もしかする?

最悪の事態を考えないほうが不思議なくらいのところまで追い込まれた。


きゅうきゅうしゃ。

平素な漢字を解読できないほどの痛みが襲うようになっていた。

夜中の食事にビールをサービスしちゃったのがいけなかったか。

もう飲みません!
信じもしない神様にお願いしてもだめだった。


一睡もできぬまま朝。

だめだ。
医者。


で、医者。

「盲腸かもしれないですよね?」
本心は最悪の事態を予測しているのに、口から出たのは(医者からしてみれば極めて)軽微な症状だった。
この期におよんで、少しでも症状の軽いところで落ち着かせたい願望は、サラリーマン根性だったか。
「どうにかしたいんですけど」

医者の問診。

「ここは痛いですか?」

「こっちは痛くないですか?」

「ここは、押したときと離したとき、どっちが痛いですか?」

痛いときはとにかく腹部全部が痛いと思っていたら、痛みには震源地とエリアによる強弱があった。


でも先生、押されて痛いのは、とびっきり痛いんですけど。


「う~ん」
唸る医者。

誰もが気が気でなくなる瞬間だ。
通信簿なら開いた瞬間諦めもつくけれど、医者先生の口にするのは宣告なのだ。

もし盲腸以上だったらどうしよう。

ずきずきとした痛みにどきどきが加わるのは心臓によいことではない。

早く。


(沈黙)


そして。
ついに。

「ガスですね」
「は?」
「熱は出ていないし、盲腸とも違います」
「それ、だけ、ですか?」
「はい」
拍子抜けだった。
かくして、お医者先生さまは問診を終えたのだった。


ガス。
原因は、夜中の食事ビールつき?


「整腸剤を出しておきますから、1週間ほど様子をみましょう。それで痛みが治まらなかったら、そのときはまた」

痛みを抱えながら、先生の一言一句に胸をなで下ろしていた。

「ありがとうございました」

頭を下げながら、もし1週間もこの痛みが続いたら、気が狂っちゃうかもしれないと思った。そして1週間も続くというのは、つまり盲腸と最悪の間にある分水嶺の堰を切ることだ。


僕はもう一度神様に「どうかこのまま痛みが治まってくれますように」と頼み込んだ。



ガスがおならで抜けていったのは、翌朝のことだった。

晴れやかな笑顔を引き換えるほどだもの。それはそれは剛毅ごうきで豪快な轟だった。
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