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知らぬ間に、知られている。

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幅80センチに満たない路地に面した小窓から頭を突き出すと、右手の数メートル先に商店街のほんの一部が切り取られている。
今どきの大型テレビに比べれば、スズメの涙ほどの画角。

総延長1キロにおよぶ商店街の80センチだから、1万分の8、ざっくりならば1000分の1。井の中の蛙ほどしか見えていないことになる。


仮に1000このリンゴから印のついたひとつを抜き出すことを考えると、絶望的になる。
そのような確率だ。


途方もない確率は、耳にするだけではサラリと抜けていく。
ところが自分事となるとリンゴの例のように白真に迫ってくるのは、取り巻く世界の大半はあまりに遠く、手に届くもの以外は他人事となるからだ。


さわれなければ、火傷はしない。他人事ならどこ吹く風ですむ。

その、火傷を負いようのない距離から、毎日商店街のほんの一部分に現れては消えていく人々を眺めている。
彼らは80センチに満たない画角を通り過ぎるアブク。

人々は自分の興味を引くものだけを直視し、脇目をふらない。彼らの焦点は、ただただ商店街のボタン屋や惣菜店、金物店や蕎麦屋のメニューに合わせられる。
路地は目に映らない。
路地フリークもいない。


路地には入口と出口があって、それぞれ2メートルほどの高さの有刺鉄線ゆうしてっせんで塞がれている。
おかげで盗人はおろか、猫の子一匹通らない。

路地を挟む建物にはそれぞれ霧よけが張り出しているせいで、陽差しが入り込むこともない。
その日も商店街に届く陽光は、路地の入口でばっさりと切り落とされていた。
その日も80センチに満たない画面の出演者たちは、右から左に、左から右に、現れては消えていった。


ごくたまにだが、80センチの画角の中にとどまる人がいる。
それとて鍵のしまい忘れの気がかりか、割引チラシの確認かで、たまたまそこにしばし停滞するだけのこと。
路地に興味を示す素振りさえ見せない。
だから納得すると路地はなかったものとして、顔を上げ、前方を見据えて歩き直す。




その路地は、誰にも気に止められない存在。
切り離された別世界。

現実を受け止めると、どうしようもなく悲しくなった。
隙間風みたいに気持ちを諌める諦観が吹きすさみ、ひとりぼっちを浮き彫りにしていくと、所詮しょせん世間ってそんなもんさと、ニヒルな笑いがこみ上げた。

目を閉じる。
目を閉じたまま、これまで繰り返されてきた出演者たちの波を、光の流れのように巻き戻しては早送りしてみた。
過去は現在から発生し、今この瞬間に向かってきた。
じき、現在にたどり着く。
そこで止まるはずなのに。
映像は速度を緩めるべき停車場を素通りし、未来に向かった。

人の輪郭がぶつかり合い、摩擦熱で溶けだし、押し合いへし合いののち、取り込み合いながら出鱈目でたらめに混ざっていった。

所詮は、空想の未来。
目を開けば瞬く間に現実に引き戻される。
これまでと同じことが繰り返されるだけだ。

閉じた目を、夢を振り払うみたいに勢いよく開いた。
かっと見開いたマナコで、80センチに満たない画角の現在進行形の人間劇場を見据える。

そのとき。

立ち止まった女がこちらを睨みつけていた。
誰?
女は瞳に青い焔を宿し、眼差しは切れ味鋭い斧を思わせた。
明らかに意図的にこっちをねめていた。

女の目は「おまえのことはよーく知っている」と語っている。
 よーく知っている。
  よーく知っている。
   言葉はリフレインされ、中心部から枝葉末節えだはまっせつへ、全身に悪寒を走らせた。


対峙は長く、それでいてとても短くも感じられた。
時間の感覚がなくなり、対峙しているどこかのタイミングでスマホが着信を知らせた。

あの女から?
まさか。

その時、初めて気がついた。
スマホが勝手に世界とつなげていたのだ。

スマホを開くと、あの女があの青い焔の目でこちらを睨みつけていた。


今の時代、知らぬ間に、知られている。
深く探れば把握できたはずなのに、迂闊うかつにも今の今まで気がつかずにいた。
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