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――。
――――。
「……ら! まいら、あそぼうよ!」
ふわふわのクッションと甘い焼き菓子。
やわらかい絨毯と風にゆれるレースのカーテン。ここは、私たち姉妹のために用意された懐かしい遊び部屋。
目の前には、私そっくりな『幼い』妹。『幼い』……? なにを言ってるのかな? 私だって子供なのに。私たちは五歳になったばかりなのに? 私たちは、親も友達も――誰もが認めるそっくりな双子。着替えを手伝ってくれるお姉ちゃんは、毎日毎日、私とまりあのリボンやドレスを色違いにしたがるけど、私たちは同じものがいい。別々にしないと私たちの見分けがつかないってどういうこと?!
「まいら、なに読んでるの?」
「『ななつのすいしょう』だよ。面白いんだよ!」
まりあが私が読んでる本を覗き込んで……「絵がないよ!!」……逃げて……転んだ。
「まいらぁ~」
「いたいの? だいじょうぶ?」
「お嬢様、どうされました? ……あらあら」
まりあの泣き声を聞きつけて、お姉ちゃんたちが遊び部屋になだれ込んでくる。たぶん、まりあの手当をしに来たんだろうけど、肝心のまりあは私にしがみついて離れない。
柔らかい絨毯の上でつまずいただけだし、擦り傷もしてないから慌てなくていいんじゃないかと思う。
「まいらがあそんでくれたら治る……」
やっぱり、まりあのわがままだ!
「ふふっ、まったく……」
お姉ちゃんたちは、私にしがみつくまりあにケガがないかを器用に確認する。引きはがしてくれてもよかったんだけど。
「マリア様もお怪我はなさそうですね。……紅茶とお菓子のおかわりをお持ちします」
「ありがとう、お姉ちゃん」
お父様とお母様は、私がこういう本を読むことをあんまり快く思ってない。私が心置きなく読めるように、お父さんとお母さんを説得してくれたのは、優しいお姉ちゃんたちだ。
この本、実はたくさんの種類がある。難しい字ばっかりな本から、読みやすい絵本まで……。一番読みやすくて一番分かりやすい本をお姉ちゃんたちが探し出して、お母様とお父様にお願いしてくれるんだ。
こんなに優しくしてくれる大好きなお姉ちゃんたち。
嬉しいのは私の方なのに、お姉ちゃん達はいつも楽しそうに私たちに「大好きよ。このお屋敷に来ることができてよかった」ってにこにこしてる。えへへ、私も嬉しい。
「どんなお話なの?」
「えっとね、『へんきょうの村で生まれた男の子がね、悪い魔王を倒すために冒険して勇者さまになる』お話なの。魔法を使ったり、可愛い生き物が出てきたりするの」
「……よく分かんない」
「…………」黙読黙読。
「まいらぁ……」
まりあは適当に私の膝で遊ばせといて、続きを読んじゃおう。
物語の勇者様は、最初から強くて格好いい勇者様だったわけじゃない。小さくて、弱くて、いじめられっ子で、泣き虫な男の子。可愛い妖精を追いかけているうちに迷子になって、村に帰れなくなっちゃうような無邪気な子供。迷子になって、いろんな人に助けられて恩返しをしながら、男の子は成長していく。村にいた時のいじめっ子をやっつけたり、その子が魔王に脅されてると分かったら助けてあげたりして、最後にはお友達になるんだ。
今は、綺麗な草原の中にある、こわれた教会で『あんでっど』と勇者様が戦ってるところ。はじめは、ただのうっとうしい化け物だったのに、実はかわいそうな人間だったことが判明したりして……ちょっと『うるっ』となってる。
「まいら、泣きそう? ……かなしい? かなしい本読むの? なんで? まいら、まいらかわいそうぅ」
本を読んで泣いたり笑ったりは醍醐味なんだけどな。また、まりあ泣きそうになってる。
「えっとね、悲しいんじゃないんだよ。じ~んとくるところなの! すてきなところなの!」
私はそう言って話の一節を読み上げる。
――優しい月の光が降り注ぐ無色の草原が、天へ昇る悲しき魂たちに銀色に彩られていく。彼方へ続く海原のように、生きとし生ける無数の命が、悲しき魂が天へ還ることを祈る。悲しいのに、悲しくない。悲劇ゆえの結末がここにあるのに、それはあまりに美しかった――
「ね? なんかすてきでしょう? じ~んとなるところでしょ?!」
「いい所なの? キレイ? 素敵な所? 見たい? 見たい?」
まりあがおかしな食いつき方をしてきた。多分、話通じてない……でも今までにない食いつき方してるな?
いたずらを思いついたような楽しい顔をしてるのがあやしい。でも機嫌良さそうだし、ニコニコしてるし、まりあのニコニコしてる顔、私好きだし……いいかな?
「うん。つづき読みたいから静かにしてね」黙読黙読。
「わぁい! じゃあ、行こう! あそぼっ!」
「んん? まりあ、なに言って――……うわっぷ!」
強い風が吹いた!
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