私を虐げてきた妹が聖女に選ばれたので・・・冒険者になって叩きのめそうと思います!

れもん・檸檬・レモン?

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「――逃げるぞ」
「え?」

 これ以上ないというほど緊張したフィリップの声が、小さく耳に入る。何事かと周囲を確認すれば、扉の外から大勢の足音が聞こえてくる。急ぎ駆けてくる足音と鎧が擦れ合う音。あの所属も定かでない兵が、この場に攻め入ろうとしている――と、フィリップは考えているようだ。
 私が返事をするより早く、フィリップは私を掴んでいた手に更に力を込めたかと思ったら、いきなり私を担ぐように抱き上げた!

「悪い、怖いかも知れないが、しがみついてくれ」
「え? あ、は、はいっ! 失礼しますっ!」

 言われると照れるけど、言われるまま強く抱きつく! と、体の重心を支えていた手がなくなった! 落ちそうになったので、慌ててさらにしがみついた! 彼の体温が伝わってくる。さっきはあれだけ気持ち悪かったのに。この逞しさと暖かさに心が締め付けられると、感慨を味わっている暇などなかった!
 蹴破った扉を足場にし、扉の前に集まっていた兵を踏みつけ、この場を突破! アクロバティックが過ぎる動きに、振り落とされないよう彼の首にしがみつくだけで精一杯だ。

 しがみついている私の視界には何も映らない。
「フィリップ様、こっちです!」
 知らぬ声が彼を呼んだ。声だけを聞くと彼より少し若いのではないかと思う。

「あー、やっぱりこうなりましたね! オレの言った通りだったでしょ?」
 明るい声と、布を引きずるような音。荷物が入った麻袋?
「『トゥルゲ』の用意はできてますよ! お嬢様、気絶しちゃってます?」
 『トゥルゲ』と言うのは魔獣馬まじゅうば(馬形の魔獣)に引かせる車のこと? 空を飛ぶことはできないけど、通常の馬とは比べものにならないほど早いと噂の。お嬢様とは私のこと?
「え、ええと、大丈夫です」
 一応返事をしてみた。首にしがみついてる状態の私に、相手の姿は見えなかったけど。

 トゥルゲの用意ができている、ということはこのまま屋敷を出るのか。随分と手際がいいな。夜になる前から、こうなる可能性を考えていたのだろうか? 夜に家を出るのは危ないって言っていたのは彼。通常なら、危なくてやらないようなことを、やらなければならない状況に陥っているんだ。私はフィリップに迷惑をかけてしまった。彼は妹の婚約者なのに、どうして。

 声の主の姿を視界に収めることができたのは、それから数分後。想像通り、フィリップよりと言うより、私よりも1、2コ下の茶髪の少年だ。太陽の下で育ち、真っ当な明るさを備えた少年っぽさを感じる。使用人用の裏口に1台の幌車がつけられていた。トゥルゲでもほろで大丈夫なんだ。頑丈に作られてるのかな? フィリップの首から降ろされると、すぐに荷台に乗り込むように少年に指示された。追っ手の足音に急かされながら乗り込むと、トゥルゲはすぐに出発した。
「フィリップは?!」
 あまりにも早い出発をするから、思わず心配になってしまった。
「問題ない、ここにいる」
 馭者席にいた彼が、荷台に移動してきた。顔を見られて一安心。
「よかった」
 ほっと胸をなでおろしていると。

「あー、安心するのはちょっと早いかも!」
 少年の焦った声に、後ろから外の様子を確認すれば背後から歩兵が追いかけてくるのが見えた。歩兵が。歩兵が、全力疾走のトゥルゲを、追いかけてくる?!

「どうなってンすか?! あいつら、本当に人間ッスか?!」

 少年が悲鳴をあげながら夜道でトゥルゲを走らせていく。屋敷の周辺はまだいい。夜道でもそれなりに舗装はされている。でも、屋敷からある程度離れると舗装されてない道に入り、灯りはトゥルゲについているものだけ。このトゥルゲには森の獣を避けるための魔導具が取り付けられている。けど、これは普通の獣や程度の低い魔獣には効いても、強力な力を持つ魔獣には効果がない。

 そんな危険な夜の森を大きな音を立てて走るトゥルゲ。そのトゥルゲを、人間とは思えない速度で追いかけ続ける歩兵。獣たちが現れたとして、実際に襲われるのは歩兵の方だろう。兵士はそのことに気づいていないの? それとも考える脳を失っているのか。

 フィリップがどこへ向かっているのかは分かってるのかわからない。目的地に到着するまで、私には、魔獣が出ないことを祈るしかなかった。


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