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プロローグ
しおりを挟む「おおっ! 見つけましたぞ、真の聖なる乙女よ!」
それは白昼堂々と起こった。
高そうな白いローブを着た白髪の老人が、妹に向かい恭しく膝をつき頭を垂れた。同時に周囲に歓声が上がる。まるで彼女は世界の中心にいるみたい。
遠目にも分かる。彼は教皇様。
教会のみならず、この世のトップに君臨するお方。最近発掘されたアーティファクトの写真とやらでその姿は何度も目にしてきた。お目にかかるのは初めてだけれど……ううん、そう言うと語弊があるか。
私と妹の間には、とても遠い距離があるから。心理的にも立場的にも。小さい頃から誰からも愛されてきた可愛いあの子は――私のカタワレ。
皆は言う。
姉とは比べ物にもならないほどに慈愛に満ちた美しい顔、姉とは異なり艶のある美しい髪、姉とは似ても似つかない清らかで健康的な体。
おかしいかな? 私には、生まれた時からずっと、私と妹は、寸分違わぬ姿をしているようにしか見えなかった。誰にも言わなかった。だって、みんな私を拒絶し蔑んだ。
それでも小さい頃はまだ良かった。それも、私が子供だったから? 周囲も両親も、今みたいじゃなかった。優しかった。暖かかった。
今の距離になったのはいつからだった?
私の声が、お父様にもお母様にも、他のみんなにも、誰にも届かなくなってしまったのは。
教皇様の周囲に控えている方々が着ているのは、教皇様より質や装飾は劣るものの同じ聖なるものを象徴する白い修道服。
白い修道服を着た沢山の方々が、この世の奇跡に歓喜の声を上げている。この世で、教皇の次に尊い聖女が見つかった瞬間だから。
これはファイネン伯爵邸の中庭で繰り広げられている光景。世界の中心にいる私の妹はファイネン伯爵の実の娘。
――実の姉である私は、それを遠くで見ていた。1階にある使用人用の通路から。決して、邪魔にならぬようにと言いつけられていたから。薄汚れた灰色の服に、靴もない足で。
「表に出てくるんじゃないよ! 旦那様の機嫌がまた悪くなるだろう!!」
広間から聞こえてくる歓喜の声に気を取られているうちに、背後にガタイの良いメイド長が迫っていた。
「申し訳ございません」
私は素早く頭を下げる。感情なんて関係ない。これが最も被害が少なくて済むから。
「さっさと来なッ!」
力任せに束ねた髪を引っ張られる。
「……ぃッ」声を出してしまった!
「ぁあ゛?」
メイド長が殺気を飛ばしてくる。彼女の分厚い手で平手打ちをされたら、1週間は物が食べられなくなる。
「も、申し訳ありません!」
必死に頭を下げる以外生き残る術はなかった。再び髪を一つかみにされ、犬のように廊下を引きずり回される。
どうしてだろう? いつからだろう?
マイラ・ファイネン――それが、私の名前。
ファイネン伯の実の娘、この家の長女。妹の名はマリア。年は同じ17で、私たちは双子。今となっては、栄養状態が激しく異なってしまっているけど、それでも、私の目にはそっくりに映っている双子、だ。
いつの頃からか、父は視界に私の姿を認めるととても機嫌が悪くなるようになった。初めは戸惑っていた母も他の使用人も、気づけば誰も気にも止めなくなっていた。
「ああ、そうだ。今日はお前も食堂に並べって旦那様が言ってたんだった」
メイド長はそれを突然思い出したらしい。
彼女はパッと私から手を離す。彼女の様子には、私に対する何の感情も読み取ることはできない。嫌悪や蔑みを読み取ることができれば、まだ理解できたのに。時折、心のない無機物を相手にしているような気分になる。
「勘違いすんじゃないよ、食堂に並べとは言っていたが、卓に着けとは言ってない。みすぼらしく汚い形を何とかしてから、食堂に来るんだね」
言うべきことを言った後の彼女は、さらに不可解だ。さっきまで私とやり取りをしていた記憶など、なくなってしまったかのように近くにいた使用人に檄を飛ばす。叱られていたメイドも、作業を再開するかのように叱責を受け流し始めた。
一瞬、その場に取り残されてしまったような気になったけど、私に呆けている暇はない。先ほどメイド長に言われた通り、体の汚れを払い食堂に向かわなくてはならない。
何があって、何を言われるのか。
半地下にある自分の部屋に戻り身支度を調える。
薄い合板で適当に区切られただけの部屋とも言えないような部屋。明かりの入ってこないこの空間で、照明代わりになるのは、蓄光石だけ。太陽光を蓄え、暗い場所で蓄えた分だけ光る石。一昔前は、どの貴族もこの石を照明代わりに使っていたらしい。今では、魔術を使えない一握りの人々が使うのみだ。
私は魔術を全く使えないわけじゃないけど、この石は彼からもらった思い出の品。私にとっては何よりも特別な宝石。
机の上に懐かしい手紙を見つけた。
ぶっきらぼうな彼らしい、飾り気のない手紙。だけど、誰よりも暖かい手紙。今となっては私にそんな手紙をくれるのは彼くらいしかいない。なのに、それでも構わないと思ってしまう。私は、このままでいい。
優しい彼は、今となっては私にとって唯一の光、ちょっと恥ずかしいけど、初恋だ。彼は8年前、騎士修道会の訓練校へ入った。入隊後も、年に1度は帰ってきて私の相手をしてくれた。家族の様子は相変わらずで、私は彼に自分がどう見られているのか、それを考えると怖かった。家族と同じように、本当は忌むべきものとして、汚らわしいものとして見ているのに我慢して付き合ってくれているんじゃないかと。
怖くて本当のことは確かめられなかった。
彼が最後に屋敷に来たのは、5年前。あれから、彼はどうしているかな。嫌われていないといいな。
これ以上なんて望まないから、だから、このまま夢を見させて欲しい。
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