3 / 6
10時のお客様
しおりを挟む
目が覚めた…と思い時計をみたら3時半だった。
中途半端な時間だ。
今から寝てしまっては仕込みに間に合わないし、かといって起きるのも嫌だ。
ぼーっとしながら布団の中で天井を見つめてみる。
前から気にはしていたことではあるんだけど、あたしの作るきつねうどんはお揚げの味が今ひとつである。
きつねうどんのお揚げだけはお父さんが仕込みをしていた。
具合が悪くなってからは、さすがにあたしがやったが思うように味が出せない。
このお揚げの味だけはお父さんから教わることができなかった。
『お揚げの味なんだけど…。』
あたしはお父さんが生きているうちに何度か聞いたことがある。
『今は自分で工夫しなさい。』
お父さんはそう言った。
寝たきりになったあとでもそれは一緒だった。
たぶん…そのうち教えてくれるはずだったのだとは思う。お父さんは自分の死に実感がわかなかったのかもしれない。だからあたしに大事なお揚げの味を教えそびれたのだろう。
お父さんが作るお揚げは甘辛くて…その中にもコクがあって…その味はうどんの出汁を邪魔しないけどきちんと主張する。うちのきつねうどんは本当に美味しい。
それはお揚げの味が出汁の味にぴったりと合っているからだ。
お揚げの味はきつねうどんの味に直結する。
あたしはゆっくりと布団から起きだして、仕込みを始めた。
まだ外は暗いが、出汁が温まり、麺を茹でる鍋に完全に火が入る頃には日も上がっているだろう。
今日はどんな日になるのだろうか。
あたしは誰もいないガランとした厨房の中で仕込みを開始した。
やり始めると時間はあっという間に過ぎる。
気が付けば開店の7時になっていた。
客席の方のテレビをつけると大きな音でニュースキャスターが今日のニュースを読み上げる。
何事かあったのかもしれないけど、なんだかんだあたしの周りは平和だ。
あたしはすぐに暖簾を出して表に出た。
足早に駅に向かう人たちがすでに何人かいる。
一体、日本人は何時から働いているのだろうか…。
いや…人のことは言えないが…。
開店してしばらくするとお店はそれなりに忙しくなる。
出勤前の朝ごはんを食べる人がそこそこいるからだ。
あたしは目の回るような忙しさで注文をとり、うどんを作った。
うちは昔からかつ丼などのサイドメニューはやっていない。というのも、お父さん一人ではそこまでできなかったし、あたしが手伝うようになってもそれは同じだったからだ。もしサイドメニューを増やしていきたいのならそれなりに人にも来てもらわなければならない。
ちなみに桜光高校の生徒に出しているバラ丼は学生限定である。
学生が来る時間ならそんなにお客さんもいないのでバラ丼の対応ができるのである。
あたしがふと気が付くと時計の針は10時を回っていた。
うどん屋に限らず、定食屋が一番暇な時間である。
この時間を利用して、ランチタイムの準備をしておく。
あたしは追加のうどんを打ち、出汁を作った。念のためお揚げも準備しておく。
夕方の時間は学生たちもやってくるからご飯とお肉、そしてキャベツの準備もしなくてはいけないが、それはランチタイムを終えてからでも十分間に合う。
今日はうどんが少し多めに残っていたからランチタイムの仕込みはそんなに大変ではなかった。
あたしがひと段落して、自分の朝ごはんを食べようとしていたときのことだった。
若いカップルがお店に入ってきたのだ。
『いらっしゃい。』
あたしは自分の朝ごはんを後にして注文をとりに行った。
テーブルに水をおいて、お客さんが何にするか決まるころもう一度行くことにする。
しかしこのお客さんはすぐにメニューが決まっていたようだ。
『すみません。きつねうどん2つで。』
『はい。』
あたしはすぐに厨房に行き、うどんを茹でた。
茹で加減は長くやっているから身体で覚えている。
お椀を温めて、うどんのお湯をしっかりときり、お椀に入れる。そして…お揚げを入れる。その後、切っておいた青ネギと少しだけ擂ってある白ごまを入れて出汁を注げば出来上がりだ。
『どうぞー。』
あたしはカップルのテーブルに二つのうどんを置いた。
二人がうどんを食べている間、あたしも厨房で自分用につくった賄いを食べた。
暖かい出汁が心にまで染みてくるような味だ。麺も出汁もネギも言うことはない。
これなら大きな問題はないはず。
『ごちそうさま~。』
カップルはあたしが食べ終わったぐらいのタイミングで食べ終わったようだ。
休みの日にしっかり寝坊をして、ゆっくり家を出てきて、朝ごはんは適当に駅前のうどん屋で食べて…これからデートだろうか。
会計を済ましてカップルはお店に出ていった。
出ていく時の二人の会話があたしの耳に届いた。
それはショッキングなものだった。
『ここのお揚げは今ひとつだね。』
『そうね。駅地下のお店の方が美味しかったわね。』
お揚げの味があまり…ということは分かっていたつもりだけにあたしはすごくショックだった。
中途半端な時間だ。
今から寝てしまっては仕込みに間に合わないし、かといって起きるのも嫌だ。
ぼーっとしながら布団の中で天井を見つめてみる。
前から気にはしていたことではあるんだけど、あたしの作るきつねうどんはお揚げの味が今ひとつである。
きつねうどんのお揚げだけはお父さんが仕込みをしていた。
具合が悪くなってからは、さすがにあたしがやったが思うように味が出せない。
このお揚げの味だけはお父さんから教わることができなかった。
『お揚げの味なんだけど…。』
あたしはお父さんが生きているうちに何度か聞いたことがある。
『今は自分で工夫しなさい。』
お父さんはそう言った。
寝たきりになったあとでもそれは一緒だった。
たぶん…そのうち教えてくれるはずだったのだとは思う。お父さんは自分の死に実感がわかなかったのかもしれない。だからあたしに大事なお揚げの味を教えそびれたのだろう。
お父さんが作るお揚げは甘辛くて…その中にもコクがあって…その味はうどんの出汁を邪魔しないけどきちんと主張する。うちのきつねうどんは本当に美味しい。
それはお揚げの味が出汁の味にぴったりと合っているからだ。
お揚げの味はきつねうどんの味に直結する。
あたしはゆっくりと布団から起きだして、仕込みを始めた。
まだ外は暗いが、出汁が温まり、麺を茹でる鍋に完全に火が入る頃には日も上がっているだろう。
今日はどんな日になるのだろうか。
あたしは誰もいないガランとした厨房の中で仕込みを開始した。
やり始めると時間はあっという間に過ぎる。
気が付けば開店の7時になっていた。
客席の方のテレビをつけると大きな音でニュースキャスターが今日のニュースを読み上げる。
何事かあったのかもしれないけど、なんだかんだあたしの周りは平和だ。
あたしはすぐに暖簾を出して表に出た。
足早に駅に向かう人たちがすでに何人かいる。
一体、日本人は何時から働いているのだろうか…。
いや…人のことは言えないが…。
開店してしばらくするとお店はそれなりに忙しくなる。
出勤前の朝ごはんを食べる人がそこそこいるからだ。
あたしは目の回るような忙しさで注文をとり、うどんを作った。
うちは昔からかつ丼などのサイドメニューはやっていない。というのも、お父さん一人ではそこまでできなかったし、あたしが手伝うようになってもそれは同じだったからだ。もしサイドメニューを増やしていきたいのならそれなりに人にも来てもらわなければならない。
ちなみに桜光高校の生徒に出しているバラ丼は学生限定である。
学生が来る時間ならそんなにお客さんもいないのでバラ丼の対応ができるのである。
あたしがふと気が付くと時計の針は10時を回っていた。
うどん屋に限らず、定食屋が一番暇な時間である。
この時間を利用して、ランチタイムの準備をしておく。
あたしは追加のうどんを打ち、出汁を作った。念のためお揚げも準備しておく。
夕方の時間は学生たちもやってくるからご飯とお肉、そしてキャベツの準備もしなくてはいけないが、それはランチタイムを終えてからでも十分間に合う。
今日はうどんが少し多めに残っていたからランチタイムの仕込みはそんなに大変ではなかった。
あたしがひと段落して、自分の朝ごはんを食べようとしていたときのことだった。
若いカップルがお店に入ってきたのだ。
『いらっしゃい。』
あたしは自分の朝ごはんを後にして注文をとりに行った。
テーブルに水をおいて、お客さんが何にするか決まるころもう一度行くことにする。
しかしこのお客さんはすぐにメニューが決まっていたようだ。
『すみません。きつねうどん2つで。』
『はい。』
あたしはすぐに厨房に行き、うどんを茹でた。
茹で加減は長くやっているから身体で覚えている。
お椀を温めて、うどんのお湯をしっかりときり、お椀に入れる。そして…お揚げを入れる。その後、切っておいた青ネギと少しだけ擂ってある白ごまを入れて出汁を注げば出来上がりだ。
『どうぞー。』
あたしはカップルのテーブルに二つのうどんを置いた。
二人がうどんを食べている間、あたしも厨房で自分用につくった賄いを食べた。
暖かい出汁が心にまで染みてくるような味だ。麺も出汁もネギも言うことはない。
これなら大きな問題はないはず。
『ごちそうさま~。』
カップルはあたしが食べ終わったぐらいのタイミングで食べ終わったようだ。
休みの日にしっかり寝坊をして、ゆっくり家を出てきて、朝ごはんは適当に駅前のうどん屋で食べて…これからデートだろうか。
会計を済ましてカップルはお店に出ていった。
出ていく時の二人の会話があたしの耳に届いた。
それはショッキングなものだった。
『ここのお揚げは今ひとつだね。』
『そうね。駅地下のお店の方が美味しかったわね。』
お揚げの味があまり…ということは分かっていたつもりだけにあたしはすごくショックだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
カラスの恩返し
阪上克利
ライト文芸
やりたいことなどなく毎日ぼんやりと好きなライトノベルを読みながら生きている植竹義弘は上尾にある実家を出て横浜の会社に就職する。
はじめての一人暮らしで苦労しながら実家にいたとき感じなかったことに気づく。入社後もぼんやりと仕事をする中でいろんなことを学ぶ義弘。
それでも自分が何がやりたいかが分からず、ついにはそれを考えることもなく流れるままに毎日を過ごすようになってしまう。
そんなある日、ごみ捨て場で瀕死になっているカラスを助ける。
助けたカラスは……
もっさいおっさんと眼鏡女子
なななん
ライト文芸
もっさいおっさん(実は売れっ子芸人)と眼鏡女子(実は鳴かず飛ばすのアイドル)の恋愛話。
おっさんの理不尽アタックに眼鏡女子は……もっさいおっさんは、常にずるいのです。
*今作は「小説家になろう」にも掲載されています。
【完結】バイトに行ったら、ある意味モテた。ただし、本人は、納得できない模様
buchi
ライト文芸
地味め、草食系の修平は、新しいバイト先で、顔立ちはキレイだが、かなり変人の葉山と一緒になった。葉山が一緒にいるばっかりに、恋愛レベル低めの修平が、次々とトラブルに巻き込まれる羽目に。修平は、葉山を追いかける女子大生サナギに付きまとわれ、友人の松木は葉山に誘惑される。だが、最大の被害者は、バイト先の社長だろう。眉をひそめて、成り行きを静観していた修平だったが、突然、自分が最悪の被害者になっていることに気が付いた………もう、葉山なんか死ねばいいのに。
国境の島でよみがえる
ふら(鳥羽風来)
ライト文芸
九州の片田舎で生まれ育った牛山大斗(うしやまだいと)は、大都会にあこがれ、東京の大学に進学した。 就職活動の際には、特に進みたい道は定まらず、様々な業種に応募した。苦戦したのち、一社のみ、採用内定を貰うことが出来たのは、キリンソフトという会社の、システムエンジニアの仕事だった。
就職後、次第に他の会社と比較して、給料や労働条件が劣悪なことに気づいてくる。休日出勤や徹夜残業を繰り返す中、牛山は無意識に職場を抜け出していた。そのまま、しばらく逃げて身を隠すことにしたが、キリンソフトの追っ手が逃亡先にやってくる。逃亡先の異なる価値観に触れる中での牛山の気持ちの変化や、追っ手とどのように決着をつけていくのか? という物語。
AI Near PG Null
うっさこ
ライト文芸
ネットの世界では、相手の顔が見えない。だから怖い。
そう思われていたのは、もう昔の話。
けど、今だって、本当はその相手が『実在しているか』なんて分からないし
相手がどんな人物なのか、どういう生活をしているのかわからない。
突然、音沙汰がなくなるかもしれないし、逆に、最後までずっとそこにいるのかもしれない。
不安定で不確かな関係は、今もすぐ身近にある。
そんなお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる