10 / 17
煮え切らない男
しおりを挟む
煮え切らない男だなあ…。
あたしは康彦さんを見てそう思った。
佐藤さんが2階に声をかけたところ、康彦さんは降りてきた。
明らかな中年太りに、頭はボサボサ…そして顔は髭面。
服装もTシャツにジャージ。
はっきり言ってしまえば小汚い。
中年太りなのは仕方ないことだが、もっと清潔にしておけば印象も変わるはずなのにそんなこともできていない。
この人が今、仕事をしていないのがよく分かる。
『こんにちは、橋本商会の海山です。よろしくお願いします。』
『はあ…。』
挨拶すらきちんとできない。
それに今日はエアマットの件で訪問すると重ねて連絡してあるはずだ。
『あの…初子さんの褥瘡の件ですが…福祉用具を導入しつつ、訪問看護で処置しながら様子を見ていこうと思うのですが…。』
佐藤さんが話し始めた。
康彦さんはどうにもピンと来ていない様子だった。
この人…褥瘡って何のことか分かってるのかな?
それ以前に褥瘡があると言った報告もちゃんと聞いていたのかな?
『褥瘡って何ですか?』
やっぱり聞いてなかったか…。
『床ずれのことです。』
『ああ…床ずれね。まあ…仕方ないんじゃないでしょうかね。母も高齢ですから。』
『いや…あのですね。高齢だからどうこうということではなく、褥瘡は栄養状態と、寝たきりで体勢がいつも同じ状態だとなってしまうんですよ。基本的にそのままにしておきますと傷は深くなる一方ですし、そうなるとそこから菌が入って、最悪命の危険もありますから…。』
『え?死ぬの?』
今すぐ死ぬとかではないですけど…とあたしが言おうとしたのを佐藤さんが目で制してきた。
余計なことは言うのはよそう。
この人の場合は違うアプローチが必要なのかもしれない。
『死にますよ!』
すごんで佐藤さんは言った。
確かにこのぐらい言わないと康彦さんは動いてくれそうにもない。
『はあ…そんなふうには見えませんけどねえ。』
『ではそのままにしておきますか?』
『うーん。どうすればいいと思う?』
どうすればいいと思う?ではない。
どうにかしなきゃならないと思ってあたしたちはここにいる。
『あの…先程、佐藤さんがおっしゃったように褥瘡予防のマットレスに変えて、訪問看護を導入した方が良いと思いますよ。』
自分の母親のことなのにいつまでたっても康彦は煮え切らない態度だ。
見るからに頭にきていることが見え見えな佐藤さんの方をちらりと見ながらあたしは言った。
あまり間を置くと、康彦さんはまた煮え切らない態度をとり、話が前に進みそうもない。
あたしはそのまま話を進めることにした。
『初子さんは食事の際は車いすに乗り換えて台所で食事をされたり通所介護に行かれたりしているとのことなので、このマットなんてどうでしょうか?』
あたしは『オアカジヤ医療』の『メディマット』という商品を薦めることにした。
実はこのマット…かなりの優れもので、尿失禁があっても軽く水拭きするだけで匂いも汚れもとれてしまうというマットなのだ。
あたしがそのことを説明すると息子の康彦さんよりも佐藤さんの方が目を輝かせた。
『ホントに?』
『はい。汚れには強いですよ。』
どうでもいい話だが…
佐藤さんはきっと仕事が恋人なのかもしれない…。
アクセサリーや化粧品などのカタログを目を輝かせながら見る女の子のように彼女は福祉用具のカタログを見ている。
こんな顔を男の前でできればいいのだろうけどなあ…。
とあたしは余計なことを考えてしまった。
『いいじゃないですか。これ。ねえ。』
佐藤さんは康彦さんに言った。
『はあ…』
また煮え切らない。
いずれにせよマットレスを好感して訪問看護を導入しないことには褥瘡は良くならない。
訪問診療の先生がそう言っているのだから、間違いないのだ。
この息子は何を疑っているのだろうか。
『とりあえずあたしの方からの説明は以上なんですけど…なにかありますか?』
あたしはメディマットを含め、提供できる褥瘡予防のマットレスについてはすべて説明した。
『はあ…えーと…。これって今必要なんですか?』
えーーーーっ!
今、その質問かい!!
『主治医の先生がこのままにしておくとよくないから必要だとおっしゃっていますし、今のお母さんの身体の状態を考慮に入れると絶対に必要なものです。』
あたしは確信をこめていった。
ふと隣を見ると…佐藤さんの頬がピクピクしているのが見える。
怒りに打ち震えているのだろう。
かと言って家族の前で怒るわけにもいかない。
我慢が必要だ。
ケアマネジャーとは本当にストレスのたまる仕事である。
『はあ…。』
ここまではっきり言っても康彦さんの態度はまだ煮え切らない様子だった。
お金がないというのはなんとなくわかる。
しかし、お金がないのは康彦さん自身のせいでもある。
この人が仕事もせずに家にいるから、亡くなったご主人の財産を食いつぶし、お金が無くなっていくのだ。
もしお金がなくてマットレスと訪問看護を入れられないというのなら、働きに出ればいい。
そのぐらいできるだろう。
『どうします?いずれにしても先生の指示ですからエアマットは導入した方がいいと思いますけど?』
『はあ…じゃあ…。』
最後まで康彦さんは煮え切らない態度だった。
困ったものである。
この態度が続くようなら辺見さんは自宅で診るのは難しいだろう。
どうなってしまうんだろうか…。
あたしは康彦さんを見てそう思った。
佐藤さんが2階に声をかけたところ、康彦さんは降りてきた。
明らかな中年太りに、頭はボサボサ…そして顔は髭面。
服装もTシャツにジャージ。
はっきり言ってしまえば小汚い。
中年太りなのは仕方ないことだが、もっと清潔にしておけば印象も変わるはずなのにそんなこともできていない。
この人が今、仕事をしていないのがよく分かる。
『こんにちは、橋本商会の海山です。よろしくお願いします。』
『はあ…。』
挨拶すらきちんとできない。
それに今日はエアマットの件で訪問すると重ねて連絡してあるはずだ。
『あの…初子さんの褥瘡の件ですが…福祉用具を導入しつつ、訪問看護で処置しながら様子を見ていこうと思うのですが…。』
佐藤さんが話し始めた。
康彦さんはどうにもピンと来ていない様子だった。
この人…褥瘡って何のことか分かってるのかな?
それ以前に褥瘡があると言った報告もちゃんと聞いていたのかな?
『褥瘡って何ですか?』
やっぱり聞いてなかったか…。
『床ずれのことです。』
『ああ…床ずれね。まあ…仕方ないんじゃないでしょうかね。母も高齢ですから。』
『いや…あのですね。高齢だからどうこうということではなく、褥瘡は栄養状態と、寝たきりで体勢がいつも同じ状態だとなってしまうんですよ。基本的にそのままにしておきますと傷は深くなる一方ですし、そうなるとそこから菌が入って、最悪命の危険もありますから…。』
『え?死ぬの?』
今すぐ死ぬとかではないですけど…とあたしが言おうとしたのを佐藤さんが目で制してきた。
余計なことは言うのはよそう。
この人の場合は違うアプローチが必要なのかもしれない。
『死にますよ!』
すごんで佐藤さんは言った。
確かにこのぐらい言わないと康彦さんは動いてくれそうにもない。
『はあ…そんなふうには見えませんけどねえ。』
『ではそのままにしておきますか?』
『うーん。どうすればいいと思う?』
どうすればいいと思う?ではない。
どうにかしなきゃならないと思ってあたしたちはここにいる。
『あの…先程、佐藤さんがおっしゃったように褥瘡予防のマットレスに変えて、訪問看護を導入した方が良いと思いますよ。』
自分の母親のことなのにいつまでたっても康彦は煮え切らない態度だ。
見るからに頭にきていることが見え見えな佐藤さんの方をちらりと見ながらあたしは言った。
あまり間を置くと、康彦さんはまた煮え切らない態度をとり、話が前に進みそうもない。
あたしはそのまま話を進めることにした。
『初子さんは食事の際は車いすに乗り換えて台所で食事をされたり通所介護に行かれたりしているとのことなので、このマットなんてどうでしょうか?』
あたしは『オアカジヤ医療』の『メディマット』という商品を薦めることにした。
実はこのマット…かなりの優れもので、尿失禁があっても軽く水拭きするだけで匂いも汚れもとれてしまうというマットなのだ。
あたしがそのことを説明すると息子の康彦さんよりも佐藤さんの方が目を輝かせた。
『ホントに?』
『はい。汚れには強いですよ。』
どうでもいい話だが…
佐藤さんはきっと仕事が恋人なのかもしれない…。
アクセサリーや化粧品などのカタログを目を輝かせながら見る女の子のように彼女は福祉用具のカタログを見ている。
こんな顔を男の前でできればいいのだろうけどなあ…。
とあたしは余計なことを考えてしまった。
『いいじゃないですか。これ。ねえ。』
佐藤さんは康彦さんに言った。
『はあ…』
また煮え切らない。
いずれにせよマットレスを好感して訪問看護を導入しないことには褥瘡は良くならない。
訪問診療の先生がそう言っているのだから、間違いないのだ。
この息子は何を疑っているのだろうか。
『とりあえずあたしの方からの説明は以上なんですけど…なにかありますか?』
あたしはメディマットを含め、提供できる褥瘡予防のマットレスについてはすべて説明した。
『はあ…えーと…。これって今必要なんですか?』
えーーーーっ!
今、その質問かい!!
『主治医の先生がこのままにしておくとよくないから必要だとおっしゃっていますし、今のお母さんの身体の状態を考慮に入れると絶対に必要なものです。』
あたしは確信をこめていった。
ふと隣を見ると…佐藤さんの頬がピクピクしているのが見える。
怒りに打ち震えているのだろう。
かと言って家族の前で怒るわけにもいかない。
我慢が必要だ。
ケアマネジャーとは本当にストレスのたまる仕事である。
『はあ…。』
ここまではっきり言っても康彦さんの態度はまだ煮え切らない様子だった。
お金がないというのはなんとなくわかる。
しかし、お金がないのは康彦さん自身のせいでもある。
この人が仕事もせずに家にいるから、亡くなったご主人の財産を食いつぶし、お金が無くなっていくのだ。
もしお金がなくてマットレスと訪問看護を入れられないというのなら、働きに出ればいい。
そのぐらいできるだろう。
『どうします?いずれにしても先生の指示ですからエアマットは導入した方がいいと思いますけど?』
『はあ…じゃあ…。』
最後まで康彦さんは煮え切らない態度だった。
困ったものである。
この態度が続くようなら辺見さんは自宅で診るのは難しいだろう。
どうなってしまうんだろうか…。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。
紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。
アルファポリスのインセンティブの仕組み。
ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。
どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。
実際に新人賞に応募していくまでの過程。
春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
能力実験者になったので思う存分趣味(注おもらし)に注ぎ込みたいと思います
砂糖味醂
大衆娯楽
能力実験者に抜擢された、綾川優
すごい能力ばかりだが、優が使ったのは、おもらしを見るため!
うまく行くのかどうなのか......
でも、実験者になったからには、自分の欲しい能力使わせてもらいます!
同居離婚はじめました
仲村來夢
恋愛
大好きだった夫の優斗と離婚した。それなのに、世間体を保つためにあたし達はまだ一緒にいる。このことは、親にさえ内緒。
なりゆきで一夜を過ごした職場の後輩の佐伯悠登に「離婚して俺と再婚してくれ」と猛アタックされて…!?
二人の「ゆうと」に悩まされ、更に職場のイケメン上司にも迫られてしまった未央の恋の行方は…
性描写はありますが、R指定を付けるほど多くはありません。性描写があるところは※を付けています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる