相談室の心音さん

阪上克利

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シングルマザー

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『え……』
 思わず言ってしまった。
『え??』
『あ……いや……ごめんごめん。そうだったんだね』
 あたしは照れ隠しに自分の頭を軽く叩いた。

 ズキン……と胸が痛い。

 どうやら言い出しにくい内容というのは子供がいることではないようだ。
 彼女はあたしの例の出来事は知らない。

『結婚してたことすら知らなかった。ごめんね』
 あたしは素直に言った。
 さっきも言ったが同じ部署にいてもそういうことは意外と知らないものである。まして部署が変わってしまっては余計にそういうことは知る機会は少ない。

『いいんですよ。結婚してたことも子供いることも……みんなに伝えたのはつい最近なんで……』
『そうなんだ……でもなんでまた??』
 通常、結婚や出産に関しては、プライベートなことではあってもある程度、同じ部署の人間には伝えるものである。
 家庭の都合で休むこともあるわけだから、そういったことは差し支えない範囲で言っておいた方が何事もスムーズに事が運べるからだ。

『入社したときから子供はいたんです。あたし……シングルマザーなんです』

 なるほど。
 納得。

 総務のような比較的残業の少ない部署にいれば、確かにそういうことは言わなくても良かったかもしれない。言いたくない事実をその必要がない時に言わない権利は誰にでもあるのだ。
 もちろん履歴書にはその手のことは書くだろうけど、あえて履歴書の内容が社内で話題になることは少ないわけだし、ましてシングルマザーであるという事実は他人が簡単に話題にしていい内容ではない。

 そんなことを頭の中で考えつつも、あたしの心の中は複雑だった。

『そう……。ちなみにお子さんは男の子? 女の子??』
『え? そこ?? ……女の子ですけど』
 あたしの反応に芳川さんは心底驚いた様子だった。
 これは内面の動揺を隠すための言葉であることは、ほかならぬあたし自身が一番分かっている。

 今……あたしは芳川さんに嫉妬している。

 元気な子供を産んで育てている……この目の前の若いシングルマザーに軽い嫉妬を覚えているのだ。
 でもそんな嫉妬があったからと言ってあたしが流産した事実は変わらない。

 変わらないけど……
 分かっているけど……
 この手の話はまだ胸が痛い。

『女の子か――。かわいいでしょ』
 あたしは目じりを下げながら言った。
 かわいい……と言った言葉には嘘はない。
 辛い気持ちばかり考えるよりも、『子供がかわいい』という事実に気持ちを向けた方がいい……ということをあたしはここ数か月で学んだ。
 どんなに悲しい思いを持ち続けて、毎日泣いて過ごしても……

 事実は変わらない。

『かわいいですけど……やっぱイラっとすることもありますよ』
 それはそうだろう。
 可愛いだけで子供を育てることはできない。犬や猫とは違うのだ。いや……犬や猫だって可愛いだけではだめなわけだし。
『育児しながら仕事するの、大変だったんじゃない?』
 そこに関してはホントの意味であたしには分からない。

 聞くのはつらい。
 でも目を背けるわけにはいかない。
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