相談室の心音さん

阪上克利

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家族になるということ

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 それにしても……
 入社一年目の石岡くんに心配されるようじゃ、山本さんもけっこう重症なのかもしれない。

 あたしたちが結婚した時ってどうだっただろうか?
 あたしは誰もいなくなった相談室のデスクに座って、入り口の扉を見つめながらコーヒーを一口呑んで考えた。

 そういえばあの頃は、くだらないことでものすごくケンカしたような気がする。今となっては思い出せないけど……なんだかいつもイライラしてていつも何かに落ち込んでいたような気がする。
 こんなことなら結婚なんかしなきゃよかったと当時は思っていた。

 今だって正直、窮屈きゅうくつと感じることもある。
 その反面、結婚してよかったと思うこともあるのだが……。
 何が窮屈かといえば……何をするにしても夫にまず相談してからしなきゃならないことだ。
 というのも……事前に相談しておかないとお互いの予定があるから、相談なしで何かを計画するとなるとトラブルになりやすい。

 男の人によくありがちなのは、いきなり人を自宅に呼ぶこと。
 妻は家をいつもきれいにしていて、簡単な料理ぐらいはすぐにふるまえるものだと思い込んでいる男性は多い。幸いにしてうちの旦那はそういうタイプではないのだが、それでも部屋の整理ができていないところに平気で友人を呼んだりすることが何度かあった。
 こちらとしてはお客さんを呼んでほしくないタイミングなので、それがあたしたち夫婦のケンカの原因になった。

 確かに思い起こせば独身の頃は好きな時間に好きなように友達と遊びに行ったり家に来てもらったりしていた。
 でも結婚してからはそういうわけには行かない。
 分かっているようで分かっていないこういうことが結婚生活に窮屈きゅうくつさを感じる一番の理由かもしれない。

 冷静に考えてみると……
 同じことが『出産』にも言える。

 子供ができればもっともっと自分を殺して子供に合わせていかなければいけない。
 自分の時間などなくなるだろう。

 あたしが子供の頃……
 父は野球が見たいのをガマンして、快く子供向けの番組にチェンネルを合わせてくれたのを未だに覚えている。
 阪神ファンだった父は子供にチャンネルを譲ったことで、その年、21年ぶりに優勝した阪神タイガースの試合をほとんど見ていない。

 あたしも大人になり、父には大変申し訳ないことをしたと思っているが、子供の頃はそんなことも分からなかった。
『なんか悪いことしちゃったね』
 野球を見ながらまだ存命だった父にあたしはその思い出を話しながら言った。
『大人が子供のためにガマンするのなんか当たり前なんだから謝る必要なんてないんだよ』
 父は美味しそうにビールを飲みながら話していた。
 そんな話をしているときに、金本が甲子園のバックスクリーンにホームランを打ったのが印象的だった。
 父が嬉しそうな顔をしていたのは金本のホームランだけではないのは言うまでもない。

 そんな父も病気であっという間に亡くなってしまった。
 そして、残念ながらあたしは『出産』を経験することもできなかった……。

 でも、逆にこんなことでもなければ『幸せ』というフワフワした霧に覆い隠されて自分を見つめなおす機会もなく、『親になる』という物事の本質が見抜けなかったかもしれない。
 『結婚』にしても『出産』にしても物事の本質をどれだけとらえて事を進めていけるか、ということが重要であるのだが……それらは『幸せ』という甘い霧に覆い隠されて見えなくなってしまうことが多い。

 家族になるということは素晴らしいことだが、簡単なことではない。
 というのも今まで一人でなんでも決断していたことを、今度は家族に合わせて決断し生活していかなければならないからだ。
 うわべだけの『幸せ』というフワフワした甘い霧に騙されることなく、自分がパートナーのために、また子供のために……そして家族のために自己犠牲することが幸せだと感じることができるようになった時、本当の幸せがそこにあるのかもしれない。

 山本さんと杏奈はどうだったんだろうか??
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