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家族とはありがたいものなのか否か
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目が覚めたら、母はいなかった。
台所に呑んだビール缶が洗って置いてあったので、勝手に呑んでさっさと帰ったのだろう。
実に母らしい。てゆうか……なんか用事があったのではないのだろうか?
まあ……いいや。
気まぐれな母のことだ。
ちょっと顔が見たくなったとかそんな理由でやってきたことも十分に考えられるのだ。
調子は少し良くなった。
起きると少しフラフラするものの、眩暈はなくなったし、悪寒はしないわけではないが、それでも動けないほどではない。
死にそうだと感じたのが嘘のようだ。
もしかしたらあの煮麺には本当に魔女の秘薬が入っていたのかもしれない。
時計を見ると15時前だった。これなら病院に行ってこれそうだ。
あたしは身支度をして近くの内科にかかることにした。
歩いていける場所に病院があるのは本当に助かる。と言っても午前中のように眩暈がして歩けないとなると近くでも行けないのだが……。
ここの病院は真夜中でも診てくれるらしい。
前にお隣の夕凪ちゃんが熱を出したことがあって、ダメ元で連れて行き、病院のチャイムを鳴らしたところ嫌な顔一つせずに笑顔で診察してくれたと聞いた。
初老の先生だけど、なかなか立派な先生だ。
午後からの診察は空いているらしく、待たされずにすぐに呼ばれた。
『お。お姉ちゃん、久しぶりだね。風邪でも引いたかね。』
『見たままです。風邪っぽいです。』
あたしは自分の声があまりにガラガラのハスキーな声になっていたのに自分でも驚いた。なんと言ってもこの声は母の声そのものである。
やはり一服盛られたか?
『どれどれ……はい、口開けて。』
先生はアイスの棒みたいな平べったい木の棒をあたしの口に突っ込んで喉の様子を見た。
『あーあーこいつはひどいなあ。はい、いいよ』
『どうですか?』
『風邪だな』
まあ、予想通りの答えである。
ここの先生のありがたいところは、余計な薬はあまり出さないことである。
『熱が出るかもしれないし、関節痛や頭痛もあるだろうから、痛み止め、出しとくけど、辛い時以外は飲まないでな』
『はい……』
『それと治るまでは酒は飲まないこと』
先生とはたまに近所のスーパーで会ったりするから、あたしがビールを買っているところも知っているのだろう。
『普段からそんなに呑まないから大丈夫です』
『お姉ちゃん、出身は九州か?』
『そ、そうですけど……』
『九州の人間にはありがちなんだが……お姉ちゃんは自分が思っているより酒呑みだからな。一応ちゃんと自覚しといた方がいいぞ』
そうだったのか。
それは知らなかった。
せっかくの助言だ。自覚しておくことにしよう。
病院を出ると『風邪』と診断されたせいか、少し身体が軽く、楽になったような気がする。
病院には1時間ぐらいいただろうか。
アパートに戻ると家の中に誰かいる。
確か戸締りはしてきたはず……。
そ――っと、玄関の扉を開くと……
母がいた……
そして姉もいた……
そのまま扉を閉めてどこかに行こうかと一瞬思ったが、朝ほどではないにしても足元もふらつくし、少し頭もぼんやりしている状態で外など行くものではないだろう。
本来なら、もらった薬を飲んでゆっくり寝るのが一番なのだ。
『お。帰ったか』
『ただいま……』
母は姉を相手に焼酎を飲んでいる。
あたしの部屋の冷蔵庫にあったビールはすでに全部なくなっていたから、起きた時にいなかったのは焼酎を買いに行っていたのだろう。
それにしても、ついでに姉までいるとは……
『やだ。母ちゃんの声と同じになってる――!』
姉はあたしの『ただいま』という声を聞いて大笑いした。
笑ってる場合ではない。こっちは午前中から死ぬ思いをしていたんだぞ。
『てゆうか……母ちゃんは分かるけど、姉ちゃんはなんで?』
いや……母もなんで来たのかは聞いてない。
でもまあ、二人の来訪理由を一気に聞くだけの元気は今はない。
『母ちゃんから電話があったのよ』
『そうそう。あんたが具合悪いから呼んだの』
母は『具合悪いから呼んだ』と言っているが、どうせ酒の相手をさせるために呼んだに違いない。狂ったような姉のメルヘンな話でも母は面白がって聞く。彼女にとっては酒の肴にちょうど良い話なのかもしれない。
『そうなんだ……』
あたしは疲れ切って言った。とにかくもう寝よう。こっちはまだ風邪が治りきっていないのだ。
『あたし……寝ていい?』
『そうだね。寝てな。病人なんだから』
母は焼酎をドバドバとコップに入れて言った。
昼間だよ……。
でも……あたしが病人だという認識はあるわけね。
まあ、いいや。
もうしんどいし……
あたしは水を一口飲んでベッドにもぐりこんだ。
母と姉が何やら話しているのが分かる。ガーベラがどうのこうの話しているから、もしかしたら姉は今日、松沢さんのお見舞いに行ってきたのかもしれない。
なるほど。
それなら、母が電話してきてもすぐにここに来れるはずだ。
タイミングがいいなあ。
母は魔法か何かが使えるのだろうか?
そんなわけないのは分かっているのだけど、そんな風に思える出来事がけっこうある。そんな母のことを考えているとおかしくなってベッドで声を出さずに少し笑った。
なんだかんだ病気の時は一人でいるよりは誰かがそばにいてくれた方がありがたい。
母にも姉にも感謝だな。
景色がぐにゃりと歪んで見える。
意識が遠のいていくのが分かった。
台所に呑んだビール缶が洗って置いてあったので、勝手に呑んでさっさと帰ったのだろう。
実に母らしい。てゆうか……なんか用事があったのではないのだろうか?
まあ……いいや。
気まぐれな母のことだ。
ちょっと顔が見たくなったとかそんな理由でやってきたことも十分に考えられるのだ。
調子は少し良くなった。
起きると少しフラフラするものの、眩暈はなくなったし、悪寒はしないわけではないが、それでも動けないほどではない。
死にそうだと感じたのが嘘のようだ。
もしかしたらあの煮麺には本当に魔女の秘薬が入っていたのかもしれない。
時計を見ると15時前だった。これなら病院に行ってこれそうだ。
あたしは身支度をして近くの内科にかかることにした。
歩いていける場所に病院があるのは本当に助かる。と言っても午前中のように眩暈がして歩けないとなると近くでも行けないのだが……。
ここの病院は真夜中でも診てくれるらしい。
前にお隣の夕凪ちゃんが熱を出したことがあって、ダメ元で連れて行き、病院のチャイムを鳴らしたところ嫌な顔一つせずに笑顔で診察してくれたと聞いた。
初老の先生だけど、なかなか立派な先生だ。
午後からの診察は空いているらしく、待たされずにすぐに呼ばれた。
『お。お姉ちゃん、久しぶりだね。風邪でも引いたかね。』
『見たままです。風邪っぽいです。』
あたしは自分の声があまりにガラガラのハスキーな声になっていたのに自分でも驚いた。なんと言ってもこの声は母の声そのものである。
やはり一服盛られたか?
『どれどれ……はい、口開けて。』
先生はアイスの棒みたいな平べったい木の棒をあたしの口に突っ込んで喉の様子を見た。
『あーあーこいつはひどいなあ。はい、いいよ』
『どうですか?』
『風邪だな』
まあ、予想通りの答えである。
ここの先生のありがたいところは、余計な薬はあまり出さないことである。
『熱が出るかもしれないし、関節痛や頭痛もあるだろうから、痛み止め、出しとくけど、辛い時以外は飲まないでな』
『はい……』
『それと治るまでは酒は飲まないこと』
先生とはたまに近所のスーパーで会ったりするから、あたしがビールを買っているところも知っているのだろう。
『普段からそんなに呑まないから大丈夫です』
『お姉ちゃん、出身は九州か?』
『そ、そうですけど……』
『九州の人間にはありがちなんだが……お姉ちゃんは自分が思っているより酒呑みだからな。一応ちゃんと自覚しといた方がいいぞ』
そうだったのか。
それは知らなかった。
せっかくの助言だ。自覚しておくことにしよう。
病院を出ると『風邪』と診断されたせいか、少し身体が軽く、楽になったような気がする。
病院には1時間ぐらいいただろうか。
アパートに戻ると家の中に誰かいる。
確か戸締りはしてきたはず……。
そ――っと、玄関の扉を開くと……
母がいた……
そして姉もいた……
そのまま扉を閉めてどこかに行こうかと一瞬思ったが、朝ほどではないにしても足元もふらつくし、少し頭もぼんやりしている状態で外など行くものではないだろう。
本来なら、もらった薬を飲んでゆっくり寝るのが一番なのだ。
『お。帰ったか』
『ただいま……』
母は姉を相手に焼酎を飲んでいる。
あたしの部屋の冷蔵庫にあったビールはすでに全部なくなっていたから、起きた時にいなかったのは焼酎を買いに行っていたのだろう。
それにしても、ついでに姉までいるとは……
『やだ。母ちゃんの声と同じになってる――!』
姉はあたしの『ただいま』という声を聞いて大笑いした。
笑ってる場合ではない。こっちは午前中から死ぬ思いをしていたんだぞ。
『てゆうか……母ちゃんは分かるけど、姉ちゃんはなんで?』
いや……母もなんで来たのかは聞いてない。
でもまあ、二人の来訪理由を一気に聞くだけの元気は今はない。
『母ちゃんから電話があったのよ』
『そうそう。あんたが具合悪いから呼んだの』
母は『具合悪いから呼んだ』と言っているが、どうせ酒の相手をさせるために呼んだに違いない。狂ったような姉のメルヘンな話でも母は面白がって聞く。彼女にとっては酒の肴にちょうど良い話なのかもしれない。
『そうなんだ……』
あたしは疲れ切って言った。とにかくもう寝よう。こっちはまだ風邪が治りきっていないのだ。
『あたし……寝ていい?』
『そうだね。寝てな。病人なんだから』
母は焼酎をドバドバとコップに入れて言った。
昼間だよ……。
でも……あたしが病人だという認識はあるわけね。
まあ、いいや。
もうしんどいし……
あたしは水を一口飲んでベッドにもぐりこんだ。
母と姉が何やら話しているのが分かる。ガーベラがどうのこうの話しているから、もしかしたら姉は今日、松沢さんのお見舞いに行ってきたのかもしれない。
なるほど。
それなら、母が電話してきてもすぐにここに来れるはずだ。
タイミングがいいなあ。
母は魔法か何かが使えるのだろうか?
そんなわけないのは分かっているのだけど、そんな風に思える出来事がけっこうある。そんな母のことを考えているとおかしくなってベッドで声を出さずに少し笑った。
なんだかんだ病気の時は一人でいるよりは誰かがそばにいてくれた方がありがたい。
母にも姉にも感謝だな。
景色がぐにゃりと歪んで見える。
意識が遠のいていくのが分かった。
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