隣の二階堂さん

阪上克利

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好き嫌いはない方が幸せなのか否か

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 隣の二階堂さんには変な癖がある。
 考え事をして煮詰まってくると部屋の壁を叩くのだ。
 最初はびっくりしたけど、変な癖だと知ってからは何も怖くはない。
 最近では彼女が何かに煮詰まってきている時に、お茶を誘って話を聞くことをあたしも夕凪ゆうなも楽しみにしている。

 どんどんどんどんどんどんどんどん……

 今夜も壁を叩く音がする。
 4歳になった夕凪ゆうなと目が合った。
 あたしは夕凪ゆうなに言った。
『お姉ちゃん、呼んできてくれる?お部屋でお茶でもしましょうって』


―――――――――― 


 何においても好き嫌いというものは少ない方がいい。
 これは好みの問題ではなく、嫌いと決めつけてしまうことの話である。
 好みの問題であるならばあっても特に構わないと思う。
 ただ、好きなものは多い方がいい。好きなものが多ければいろんなことを体験できるし人間の幅も広がっていくような気がするからだ。

 あたしは好きなものが比較的多いような気がする。
 てゆうか他人から誘われると嫌だとは基本的には言わないので好きなものが増えたのだ。
 バーベキューにしても、ドライブにしても、スポーツ観戦にしても誘ってくれればすべて行く。これらは自分一人では行こうとは一切思わなかったものであるが、やりもせずに『興味がない』とか『関心がない』とか言うのはもったいないような気がするからだ。

 実はあんなに嫌だったジョギングも今ではさほど嫌ではない。

 まあ……ジョギングに関しては……
 嫌ではないが継続するほど好きでもないが……

 それでも以前に比べたら走ることへの偏見はなくなったような気がする。

 たまにお隣から『ニンジンも食べなさい!』という春海ちゃんの声がする。
 どうやら夕凪ゆうなちゃんはニンジンが苦手なようだ。そしてこの間はトマトも苦手だということが判明した。

 子供の味覚はまだ成熟していないから大人のそれとは違い、野菜を美味しいと感じることがないのかもしれない。
 食べ物の好き嫌いは子供のうちならまだいい。
 これが大人になってからでは本当に恥ずかしい。

 先日、あたしはまた姉に呼び出されて恵比寿まで行ってきた。
 例のごとく、くだらない用事であったのだが、食事をおごってくれるというので、出向くことにしたのだ。

 ロリータファッションに身を包み、あちらこちらに無駄にリボンのついているフリフリしたワンピースで登場する姉と一緒にいるのははっきり言って恥ずかしいのだが、おごってくれるならそれも百歩ゆずろうと思ったのである。

 入ったお店は少し騒がしめの和食居酒屋だった。
 それでもキチンと奥に個室もあり、ゆっくり飲めるのもありがたい。
 今回は姉と来たがいつか絶対に一人で来ようと思う店だった。

 和食居酒屋なのでお刺身などの魚料理が多いお店で、メニューはどれも美味しかった。

 事件はネギマを頼んだ時に起こった。

『こらこらこら……何やってるの!』
 あたしはネギマを食べる姉を見ていった。
 ここで言うネギマとはネギとマグロが交互に串に刺さって焼いてあるものである。
 姉は事もあろうかネギを抜いてマグロだけ食べようとしていたのである。
『いや、だってネギ嫌いなんだもん』
 意味もなく上目遣いな姉。
 本当に意味がない。
 妹に上目遣い使ってどうする。やるなら男にやれ。男に。
『いい大人が好き嫌い言わないの。ちゃんと食べなさいよ。それにネギマは本来、ネギがメインの料理なんだよ』
 これは本当の話。昔は下魚とされていたマグロをどうやって美味しく出すか江戸の料理人たちが考案したのが、ネギマである。マグロの旨みをネギに吸わせて、ネギをメインにいただく料理だったのだ。
 確か……串には刺さってなかったような気がする……。

 結局、姉は何を言ってもネギを食べなかった。
 隣の夕凪ゆうなちゃんでさえ、お母さんから言われて、がんばってニンジンを食べているのに……。

 残すとお店の人に悪いので、あたしはその日……通常の2倍のネギを食べた。
 美味しいし、ビールも進んだので良かったのだけど、ネギマのネギを外してマグロばかり食べる姉を見て、あたしは、はたしてこの人の妹でいいのだろうか……と本気で考えてしまった。

 それにしても大人の好き嫌いは本当に恥ずかしい。

 うーーん……

 玄関のチャイムが鳴る。
 ふと我に返るあたし。目の前には壁がある。

 どうやらあたしはまたやらかしてしまったようだ。
 お詫びに、恵比寿からの帰りに酔った勢いで購入したヨックモックのシガールを持っていこう。
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