隣の二階堂さん

阪上克利

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朝ドラは朝だけやればいいのか否か

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 隣の二階堂さんには変な癖がある。
 考え事をして煮詰まってくると部屋の壁を叩くのだ。
 最初はびっくりしたけど、変な癖だと知ってからは何も怖くはない。
 ちょっと変わっている二階堂さんは実は子供や動物が大好きだ。

 彼女が何かに煮詰まってきている時にお茶に誘って話を聞くのはとても楽しい。そんな時間をあたしも夕凪ゆうなも楽しみにしている。

 どんどんどんどん……

 あたしと夕凪ゆうなは顔を見合わせる。
 やっぱり壁を叩く音がする。
 あたしは夕凪ゆうなに言った。
 『お姉ちゃん、呼んできてくれる?甘いものでも食べましょうって』


――――――――――


 夕方に帰ってきて楽しみなことがある。
 それは朝、録画しておいた朝ドラを見ることだ。

 今日も実に面白かった。
 あたしはドラマの余韻に浸りながらベッドに寝転んだ。
 ぼーーっと天井を見上げる。

 朝ドラは15分の短いドラマだけどすごく面白い。
 なにが面白いって本当の意味での悪人が出てこないのがいいのだ。
 世の中、良い人間もいれば悪い人間もいる。
 悪い人間がやった心無いことでがっかりするのは現実の世界だけで十分だ。

 やっぱり朝ドラはいい。
 なんか元気になる。

 良い人ばかりが出てくる朝ドラでも、たまに主人公に意地悪をする人物が出てくる。
 登場当初はものすごく意地悪なのだが、回を追うごとに意地悪をする人物は、主人公の誠実さに触れてついには打ち解けていくというのは朝ドラでの定番だ。

 これは本当に見ていて気分がいい。

 誠意というものは伝わるものだと言われているような気がする。
 現実の世界では誠実さを示す機会など滅多にない。
 そして誠実な人が報われるとは限らない。
 下手をすれば誠実さが裏切られることさえある。

 でも……それでも……
 どんな状況でも誠実に行動したいと心から思う。
 だからあたしは知らないうちにドラマにそれを求めているのかもしれない。

 そういえば……
 たまに何かの拍子に朝ドラの時間がずれて撮れていない時がある。
 そうすると、あたしがこんなにも楽しみにしている朝ドラは見れない。

 そして何故か再放送は昼の時間帯なのだ。

『朝の連続テレビドラマ小説』という名前なのだから朝やらないと意味がないというのはよく分かる。しかし、朝ドラは生きていくのさえしんどいと感じる昨今のこの時代に、気持ちを前に向かせてくれる。
 だから再放送は社会人が働いて、疲れ果てて帰ってきた後の夜のゴールデンタイムにしてくれてもいいのではないかと思うのだ。

 もし……それができないというのであれば、せめてネットでの配信をしてくれないだろうか。

 やっぱり無理なのかな……
 朝ドラは朝やるから朝ドラなんだよなあ。
 
 う――ん……
 考えが煮詰まったところで玄関のチャイムが鳴った。

 どうやらあたしはまたやってしまったらしい。
 よく考えてみれば、夕方から夜にかけてどこかを叩いたりして音を立てるような隣人は、少し怖い。今では仲良くなっているけど、晴海ちゃんもあたしのことを知らなかった頃は怖い思いをしただろう。

 そう考えるとお隣にとってはあたしのこの悪癖もドラマのワンシーンのようなものなのかもしれない。
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