隣の二階堂さん

阪上克利

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新婚とは楽しいものなのか否か

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 隣の二階堂さんには変な癖がある。
 考え事をして煮詰まってくると部屋の壁を叩くのだ。
 最初はびっくりしたけど、変な癖だと知ってからは何も怖くはない。
 最近では彼女が何かに煮詰まってきている時にお茶に誘って話を聞くことをあたしも夕凪ゆうなも楽しみにしている。

 どんどんどんどん……

 今夜も壁を叩く音がする。
 4歳になった夕凪ゆうなは嬉しそうにあたしを見る。
 あたしは夕凪ゆうなに言った。
『お姉ちゃん、呼んできてくれる?甘いものでも食べましょうって』


 --------------


 先日結婚した友人が会いたいと言ってきたので、昼休みに一緒にランチをした。
 なんで会いたいのだろうか……なんて思いながら会ってきたのだけど、つまるところ結婚生活の愚痴を言いたいだけだったらしい。

『結局、なんだったんだろう……』
 あたしは自分の部屋のベッドに横になって天井を見ながら一人つぶやいた。

 結婚や恋愛における話は面倒である。
 でも、こういう愚痴とか……
 逆にのろけ話とか……
 そういうのをあたしは聞き流せる。

 ただあくまで聞き流せるというだけで、とりたてて楽しいとは思わないし、逆に嫉妬の気持ちもない。なんにも思わない。
 そして何も面白くない。
 というのも所詮しょせん、他人の話だからだ。
 こちらがどうこうできる話ではない。

 ただいくら聞き流せるからと言っても……結婚式で高いご祝儀を払わされた身としては、別に好んで聞いていたい話でもないから、いちいちランチの貴重な時間に呼び出さないでもらいたい。
 そうは言うものの……ご祝儀以上に結婚式で好きなだけ飲み食いさせてもらったということも頭をよぎったので一応時間を作ることにしたのだ。

 それにしても無駄な時間だった。
 そんなに愚痴を言うのならなんで結婚なんかしたのだ。

 彼女が言うには……
 家事を手伝うと旦那が言ったことが気に食わないらしい。
 手伝うというのは完全に自分がやらないこと前提ではないか!
 当事者意識が低すぎる! 
 ……とのこと。

 てゆうか……男なんてそんなもんでしょ。
 家事なんか基本的にはできないと思った方がいい。
 一人暮らしの男がどんな暮らしをしているかを考えてみれば分かる。
『男やもめにうじがわく』なんて言葉もあるぐらいだ。そもそも男は身の回りのことをあまりかまわない場合の方が多いのだ。
 家事を女がやるという考え方にはあたしも反対だけど、自分の身の回りのことをきちんとできない場合が多い奴らに、家事に対して当事者意識を持てなんて言う方がどうかしている。
 手伝うと言っているのだからそれでいいではないか。手伝ってもらえば……。

 仮に自分の身の回りのことをきちんとできる男がいたとしよう。
 家事も言われなくてもなんでもやってくれる。
 でも……家事というのはやり方がでるのだ。
 家事をやれる男はこだわりも人一倍強いはずだ。
 逆に男に当事者意識なんか持たれた日にはもっと面倒なことになる。

 それにペースというものがある。
 どの家事をどのタイミングで行うか……ということだ。
 例えば……洗濯物は朝一番でやってしまうのが好ましいがあたしは低血圧なので朝がきついから、どうしても仕事が終わった夕方からやり始める。
 洗濯機の音がうるさいので隣の春海ちゃんには迷惑をかけていると思うが……そこは申し訳ないが低血圧なので許してほしい。
 しかし……家事に当事者意識を持った男と結婚したらそういうわけにはいかない。
 そういう男はきちんと朝早く起きて洗濯機を回し、干してから出勤するだろう。
 自分がやっているから妻にもそれを求めるだろう。

 まあ……当たり前の話だが……ペースは崩される。

 はっきり言ってペースを乱されるのは誰しも嫌だろう。
 そしてペースを乱されるぐらいなら手を出さないでもらった方がましではないか。

 結婚前に一緒に家事などをやることはないから……それでそんな問題が発生するのだ。
 まったくもって愚かな話である。
 しかし……そう考えると結婚生活の中で一番幸せだと言われている新婚の頃というのは実は人生で一番不幸な時間なのかもしれない。

 う――ん……。

 考えが煮詰まったところで玄関のチャイムが鳴った。

 どうやらあたしはまたやってしまったらしい。
 新婚生活よりもあたしにはこういう独身生活の方が向いているのかもしれない。
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