隣の二階堂さん

阪上克利

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雨の日は憂鬱なのか否か

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 隣の二階堂さんには変な癖がある。
 考え事をして煮詰まってくると部屋の壁を叩くのだ。
 最初はびっくりしたけど、変な癖だと知ってからは何も怖くはない。
 最近では彼女が何かに煮詰まってきている時にはお茶に誘って話を聞くことをあたしも夕凪ゆうなも楽しみにしている。

 どんどんどんどん…

 今夜も壁を叩く音がする。
 4歳になった夕凪ゆうなはあたしを見る。
 あたしは夕凪ゆうなに言った。
『お姉ちゃん、呼んできてくれる?お部屋でお茶でもしましょうって。』


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 今日は雨だったから一日憂鬱だった。
 雨が降ると憂鬱だ。

 そんなに長くもない髪の毛は湿気を吸ってぶわっと膨らむし、雨が降っているからと言って会社を休むわけにいかないから、傘を指して出かける。
 今日は朝、出かける時間がお隣さんと同じだった。
 夕凪ゆうなちゃんは子供用のプリンセスの絵が描いてある黄色のカッパをきて、小さなピンクの傘を持って楽しそうにしていた。
『雨が楽しくなくなったのはいつぐらいからでしょうね。』
 そんな話をお隣とした。

 確かに子供の頃はやたらと雨の日が楽しかった。
 いや…雨の日に限らず、いつも楽しかったけど、雨の日はなんだかスペシャルな感じがしたのだ。
 カッパや傘、長靴は、子供の頃のあたしにとって新鮮な装備だったし、それらの装備さえ身につけていれば濡れることがない。雨がいくら降ろうとも関係ない。あたしはどんどん進んでいくぞ!って思ってた。
 水たまりにもじゃぶじゃぶ入った。
 どんな困難にもめげずに進むぞ!!って思いながら、ちょっとした冒険を楽しんでいた。

 そうか。
 子供の頃はすべてが冒険なのかもしれない。

 それが大人になるといろんなことに神経質になる。
 カッパは行った先に脱ぐのがめんどくさいから着ないとか…長靴はちょっとカッコ悪いから履かないとか…そのくせ、濡れたらちょっと憂鬱になる。
 そして挙句の果てには『だから雨降りは嫌なんだ。』とか言っちゃって……。

 なんてつまらない大人になってしまったのだろう。
 日常はすべて冒険ではないか。
 いつの間にかそんなワクワクするような気持ちを忘れてしまっている。

 考えてみれば雨にはドラマがつきものなのだ。
 あえて濡れてみるのもおもしろいかもしれない。
 風邪ひくかもしれないなんて考えてはいけないのだ。

 雨は夜になっても降り続けている。
 あたしは気が付けば部屋の窓から暗がりに光る街灯が見ていた。
 光の中に雨粒がパラパラと地面に落ちていく。
 なんだか幻想的だ。
 雨も悪くないのかもしれないなあ…。

 それでも濡れたくはないけど。
 そしてやっぱり風邪引いちゃ困るけど…。
 うーん。

 考えが煮詰まったところで玄関のチャイムが鳴った。

 どうやらあたしはまたやってしまったらしい。
 そういえばこの前、お洒落な傘屋で見つけた可愛い水玉の傘を雨の日の冒険の道具として隣の小さな彼女に進呈しよう。
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