満月の夜には魚は釣れない

阪上克利

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満月の夜には魚は釣れない

曲道

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 半年後。
 年が明けて3月。
 里奈は実家の伊東に向かっていた。

 結婚式の招待状をもらったのはちょうど1か月前。
 愛依と良平の結婚式の招待状だ。
 懐かしい顔とまた会えると思うと、どうあれ気持ちが高ぶっていく。
 実に楽しみだ。

 結婚式はそんなに規模の大きなものにはしないらしい。
 仕事は土日休みに有給を金曜日と月曜日につけて、4連休にした。
 結婚式は土曜日だから、この際だから思い切り釣りしようと思って、ニジマス釣りの道具を一式持参した。

 藤沢から134号線に出ると、海が見える。
 実家に帰る時は余程急いでいない限り、有料道路はあえて走らない。信号待ちをしながら、沿道沿いの街並みを肌で感じるのが好きだ。
 西湘バイパスの手前で右折し、国道1号に入る。
 小田原が近づくにつれて、昔の城下町の匂いがしてくる。
 横浜から離れていくにつれて、少しずつ都会から田舎に変わっていく風景が面白い。

 早川を過ぎると、また海が見える。

 真鶴半島は山からいきなり急斜面を経て海だ。
 そういう地形は伊豆半島も同じで、真鶴に入ると伊豆がグッと近くなった感じがする。
 そしてここでも有料道路は使わない。
 山側の市道はくねくねとカーブの多い山道だが、みかんの木が見えたり、真鶴の小さな駅舎が見えたり、大学入学と共に横浜に出てきて、都会の風景を見続けた里奈はここを走ると心なしかほっとする。
 故郷ふるさとでもなく、住んでいる場所でもない田舎町の風景は心を癒してくれるのだ。

 ここ数か月はいろんなことがありすぎた。
 いろんなこと……とくに何かがあったわけではないのだが、里奈は結婚についてこんなにも考えたことがないぐらいに考えた。
 結婚のことはいくら考えても相手のある問題で自分の思うようにはいかない。
 だから考えれば考えるほど気持ちが疲れてくるのだ。

 今日は時間がかかってもこの道を車で走る。
 疲れた心を癒してほしい。

 結局……
 靖男との関係はまったく前に進んでいない。
 いつも遠回りしているような気がする。
 でも……遠回りも悪くはない。近道ばかりしていると見えない風景もあるからだ。
 横浜から伊豆に帰る時もそう。
 有料道路を通ればそれなりに早く目的地には着くことができる。
 しかし、国道1号沿いの小田原の城下町の雰囲気は感じることはできないだろうし、真鶴の田舎の雰囲気は市道の方が強く感じることができる。だけど人によってはそんなものは何の価値もないだろう。

 でも里奈にとっては、とても……とても……大事なことだ。

 靖男は物事を決めるのに時間がかかる。
 まして彼がいうことが本当なら恋愛は彼にとっては人生で初のことである。
 確かに彼が言うように恋愛は分からないことだらけなのだろう。
 偉そうに知っているような顔をしているが、里奈だってよく分かっていないのだ。

 決断するにしても、どのタイミングで何をすべきなのかも分からないし、どんな心構えでいなければいけないかも分かっていない。
 そういうものが分かるようになるにはもう少し時間が必要なのかもしれない。

 あの日……里奈が堤防の上で泣いた時も靖男は何が何だか分からないような感じだったのは嘘でもなんでもなく心からの彼の反応だった。
 振り返って考えてみると里奈もなんであんなに寂しい気持ちになったのかよく分からない。あの時はすごく寂しいと感じたのだけど、結婚のことを考えていないというのはそんなに寂しいことではない。このタイミングでは靖男は結婚を意識していなかったというだけのことだ。

 満月の光の下で不思議なぐらい悲しい気持ちに襲われて突然泣き出してしまったのことを思い出して里奈は少しハンドルを持ちながら少し苦笑した。

 真鶴の市道は本当にカーブが多い。
 車が遠心力で対向車線に飛び出してしまわないように、スピードに気を配りながら細かなハンドル操作が必要になる。スピードが出過ぎないように細かなブレーキワークも必要だが、逆にスピードが遅くなりすぎてしまわないようにうまくアクセルを開けなければならない。
 実に難しい技術を要する。
 うまく行かずに慌ててブレーキを踏んだりすることもある。

 そう。
 同じ。
 恋愛と。
 思うようにうまくいかないのだ。
 恋愛もカーブの多い山道のようだ。

 そんな道は決して運転しやすい道ではない。
 でもその分、運転手にたくさんの景色を見せてくれるような気がする。

 恋愛もそうなのではないだろうか。
 うまく行かないことが多い方が……大事なものがたくさん見えるのではないだろうか。

 ずっと二人で同じ景色を見つめながら大事なものを増やしていきたい。
 漠然と里奈はそんなことを思った。
 靖男はどう思っているのだろうか?
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