満月の夜には魚は釣れない

阪上克利

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満月の夜には魚は釣れない

冗談

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『電話してもいいですか?』
 里奈はスマートフォンのメールの画面に映る文字を見た。
 ピカピカ光るスマートフォンの画面は少し眩しすぎるような気がする。ブルーライトを見つめすぎると交感神経が刺激されて眠れなくなるというのを聞いたがそれも分かるような気がする。

 釣りに誘うのはメールでも十分なのだが、なんだか久しぶりに靖男の声が聴きたい。
 彼は直接話すのを嫌がる。今まで用事があって彼から電話がかかってきた試しがない。そしてこちらから電話をかけて直接話そうとすると……気のせいかもしれないが……必要なことを話してすぐに会話が終わるような気がする。
 そういえば会って直接話すときもそうだ。最近では大分だいぶんましになってきたとは思うのだが、最初の頃はすぐに会話がとぎれていたような気がする。
 でもなぜかメールだと案外会話が弾むのである。
 おそらく彼はコミュニケーションに自信がないのだろう。

 最初の頃に比べると話せるようになったことを考えると、人見知りの彼は会話がうまくできるようになるまでは時間がかかるのだろう。

『でもなあ……』
 里奈は狭い自宅の部屋で一人つぶやいた。
 やたら声が響くような気がする。

 靖男と付き合い始めてもう2年が経つ。
 もうそろそろ里奈に慣れてきても良い頃ではないか。

 そんなにあたし……話しづらいかな?
 ふと里奈はそんなことを思った。デートの時は一方的に里奈が話すばかりで、靖男はいつも相槌ばかりを打っている。つまらないのかな?と思いきや別れ際には必ず『今日は楽しかったです。ありがとうございました』というメールが来る。
 誠実な人だとは思うのだが、少し何を考えているのか分からない。

 スマートフォンの着信音が鳴る。
 メールが来たようだ。
 そういえば彼はLINEはやらない。理由は相手に『既読』とつくのが嫌らしい。それが返信を強要されているように思うらしい。

 おかしな人。

 里奈はメールボックスを開きながら少し笑った。
 既読スルーなんていい大人は基本的に誰も気にしない。相手は仕事中かもしれないし、そうでなくても気分が乗らないだけかもしれない。
 本当に用事があればメールなどに頼らず直接電話すればいいのだ。
 きっと靖男は周りに気を使いすぎるのだろう。
 そんなに気を使って疲れないのだろうか。

『大丈夫ですよ』
 短いメールが返ってきた。
 里奈はすぐにスマートフォンを操作して電話をかける。
 ちまちまメールなどしている暇があるなら、直接話してしまったほうが良い。

『もしもし……』
『あ、どうも』
『電話……大丈夫?』
『ええ。大丈夫です』
『最近、なかなか会えないね』
『そうですね』
『仕事、忙しい?』
『そうでもないですよ。まあ……いつも通りです』
『今日は夜勤?』
『いや、今日は日勤です』

 靖男は聞いた事には答えてくれる。
 ただ話し方は無味だ。感情があまり読めない。でも少し長い付き合いになってきているので無味な話し方の中にも里奈には彼の感情が見えるようになってきたはいるのだが……。

『ベイスターズ、調子いいね』
『そうですね。筒香が調子を落とした時にはもうダメかと思いました』

 靖男が関心のあることはネットゲームだが、里奈はゲームはやらない。
 バーチャルな世界で遊ぶより外に出て身体を動かしている方が好きだからだ。
 それに靖男も自分の趣味の話はあまりしてこない。嫌われると思っているのかそれとも里奈に合わせてくれているのか……。
 野球が好きなのは友人の影響らしい。
 横浜で生まれ、横浜で育った彼は、その友人と出会う前は野球などまったく関心がなかったのだが、初めて行った横浜スタジアムでの野球観戦で、筒香のサヨナラホームランを見てからというもの……横浜DeNAベイスターズを心から応援するようになったそうだ。

『明日から阪神との三連戦だけど、勝てるかな――?』
『う――ん。横浜スタジアムでの阪神戦は分が悪いですからねえ』
『阪神ってさ。打撃力があんなに弱いのになんでハマスタではあんなに打つのかなあ』
『なんでなんでしょうね。球場が狭いからかな?』
『でもそれだったら東京ドームだって狭いし、神宮でもそうじゃん』
『そうなんですよね』
『なんかずるいよね』
『ずるい……ですか?阪上くんに言っときますよ』

 付き合って長くなるのに、靖男は未だに里奈に対して敬語を使う。
 でもそれも彼が極度の人見知りだからだ。よく彼を観察していると、靖男は友人である克利にさえ丁寧な言葉で話す。

 実は里奈は靖男のこういうところが好きだ。
 極度の人見知りというのは、いろいろ困ることもあるだろうけど、どんな相手にも丁寧に言葉を選ぶことができるというのは人間として素晴らしいことだ。
 それにそういうことをする人はきっと他人を大事にすることができる人なんだと里奈は思う。

 野球の話でひとしきり盛り上がったところで里奈は本題を話すことにした。

『保高くん、メバル釣りってやったことある?』
『メバル?なんですか?それ??』
『いやお魚さんだけど』
『それは知ってますよ』
 靖男は電話の向こうで笑っている。
『堤防で釣れる小さなお魚さんなんだけど……実は最近ルアーで釣るのが流行ってるんだよね』
『へええ』
『やりたくない?』
『え。いや……』
『嫌?』
『嫌じゃないんですけど……』
『無理しないでね。嫌なら無理にというわけじゃないから』
 笑い話だが……付き合ってしばらくの頃、靖男は本気で里奈のことを何かの詐欺師だと疑っていた時期があったらしい。
『あと、別に釣り具を売りつけようって魂胆でもありませんからね』
『大丈夫です。信頼してますから』
 茶化して里奈が言ってもこの手の冗談は靖男には通じない。

 そこ……笑うところなんだけどなあ。
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