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しおりを挟む突然、夏実が忙しくなった。家族の事情とかで、部活も休んでいるらしい。学校で顔を合わせても、ロクに話しもできない。休み時間は、どこかへ姿をくらましてしまう。
オレは、嫌な気分になった。春先に、元カノに同じような態度をとられたことを、思い出したからだ。それに合わせるように、青崎のやつが執拗にまとわり付いてくる。
しきりに、夏実のあることないことをささやき、オレはこいつをルード・ウィスパーと名付けた。カノジョのことをとやかく言われるだけで、気が滅入ってくる。
我慢できなくなったオレは、ある日ケータイで電話を掛けている夏実を掴まえた。夏実が話を終わるまで待ち、話しかけた。
「話があるんだけど」
「ごめん、今ちょっと取り込み中で・・・」
「いいぜ、その用事ってのは、オレたちの関係より大事なことなんだろうな」
オレの語気に、夏実は驚いたようだった。
「なに、怒ってるの?」
「お前と、オレの関係が終わるか、否かの問題だよ。それより大事なことなら仕方ない。きっぱり別れてやるよ」
夏実は、急にオロオロし始めた。
「な、なに?何で、急に別れるなんて話になるのよ?」
「お前が、忙しいのは、見て分かってるよ。問題は、その理由だよ。オレはお前に嫌われる理由が分からない。だから、訊こうとしてもお前は答えない、答えられない理由だからか?オレは、女性オンチだから、はっきり言って貰えないと分からない。言いたくないならそれでもいい、無理には訊かない。だが、オレたちの関係もこれで終わりなのかどうかは、はっきりさせてくれ」
夏実は、涙目になった。
「あたし、あんたのこと、嫌いになんかなってないよ。最近、話しをしてなかったのは、悪かったと思ってる。だから、別れるなんて言わないで、お願いだから」
夏実は、オレの腕を掴んで揺すぶった。オレはここ最近の不満をぶちまけた。
「そうか・・・あんたにキチンと話しをしてなかった、あたしが悪かったね。今は、問題が解決してないから、話せなかったの。あんたの問題じゃないから。ホントに家族の問題なの。区切りがついたら、ちゃんと話すから、ゴメンね」
両手を合わせて、涙目で訴える夏実を見ていると、罪悪感に捉われた。いつでも美女の涙は最強だ。
「分かった・・・お前がそう言うなら、お前の都合がつくまで待つよ」
「ホントにゴメン。あたしの都合で、あんたまで心配かけさせちゃったね。許して」
「もういいよ、そこをはっきりさせて欲しかっただけだよ」
涙を流す、夏実にオレの方が逆にオロオロすることとなった。後日、新美に痴話ゲンカを校内で堂々とするな、と諭された。オレと夏実のやり取りは、校内でも話題となっていたようだった。オレは、学年いちの美人カノを泣かした不届き者との評価を頂いたようだ。余計なお世話だボケ、馬にでも蹴られてろ。
クリスマスも間近になって、夏実がすっきりした顔でやって来た。場所は、例のサテンマギー、メンツはオレと新美と夏実だった。
「ゴメン、やっと片付いた。遼介にも心配かけて悪かったね。新美君もウワサを打ち消してくれてありがとう」
新美のやつ、いつの間にそんなことをやってくれてたんだ?情けないことに、気づかなかった。新美は、こういった気遣いを、さりげなくできる男だった。
「それで、結局何だったんだよ?」
「・・・実は、芸能界に入れって言われてたの」
「はあ?」
「春ネエ、姉の春菜が入院してたのは知ってるでしょ」
いや、オレは全く知らなかった。正直に話すと、新美に呆れた顔をされた。
「仮にも、カノジョの姉さんだろ。しかも超が付く売れっ子モデルじゃないか。オレだって知ってたぞ」
全くそのとおり、反論の余地はなかった。
「で、契約の問題で、代役を誰にするかってことだったんだ。たまたま、妹の秋穂がアイドルデビューすることに重なって、芸能事務所のひとがウチに来た時、あたしに目を付けちゃったの」
オレと新美は、意外な話の展開に顔を見合わせていた。妹が、アイドルデビュー?芸能事務所?夏実の話は、現実の話とは思えないほど、浮世離れしていた。聞けば、芸能事務所の評価では、三姉妹の中で、夏実がいちばんの美形だったらしい。
「で、ウチの父がね、あたしに断りもなく、OKしちゃったもんで、事務所は契約がどうのこうの言うし、あたしは、芸能界なぞ興味ありません、て言ってやったら、大揉めに揉めてたわけなんだ。契約問題が絡んでたんで、表に出せなくて、遼介にも話せなかったの。ホントにゴメンね」
分かってしまえば、なんてことはない、といえる話だった。だが、オレにはちょっと引っ掛かりが残った。なんでこのタイミングで、そんなトラブルが起こるんだ。夏実との関係がおかしくなってた時、しきりに青崎の奴はコナかけてきたし。
「まあ、武田なら、アイドルか女優かでデビューしたって不思議じゃないな」
「あたしは、そんな気はまるでないよ。だいいち、そんなことしたら、満足に遼介と逢うこともできなくなるでしょ」
「勿体ない話だ。こんな男のために、未来の大スターがひとり消えたのか」
「芸能界って、そんなに甘い世界じゃないよ。身内が関わってるから、多少の知識はあるけど、あたしは興味ないな」
話を聞いていたら、夏実は、オレを大事に思っていてくれたことが分かってきて、嬉しくなった。それと共に、しなければならないことも。オレは、立ち上がると、テーブルに手をついて、夏実に頭を下げた。
「謝らなきゃならないのは、オレの方だ。そんな大変な想いをしていた、夏美にあんなひどいことを言って、すまなかった。このとおりだ」
「そう言や、そうだね。お詫びをして貰わくちゃいけないかな?」
「すまん、オレにできることは、何でもする。あっ、て言っても、できることと、できないことは自ずとあって」
夏美はクスクス笑っていた。
「じゃあ、できるだけデートしてくれることかな」
「そんな、お安いことなら幾らでも」
新美が、ウンザリしたような顔をして、あさっての方向を向くと、頬づえをついた。
「イチャつくのは、他でやってくれって、前にも言ったよな」
「ごめん、ごめん」
夏美が笑顔で手を合わせた。
「でも、新美君て、ルックスも悪くないし、成績だって良いんでしょ。優しいし、カノジョいないの?それとも、作らないのかな?」
新美は渋顔になった。
「作らないんじゃなくて、できないの!」
「なんで?新美君、好い男だよ。作ろうとしないだけなんじゃないの」
「ああ、そう言えば、新美は夏実におか惚れしてたんだよな」
オレもニヤニヤしながら、イジッてやった。
「ちげーよ、って前にも言ったろ!オレは武田に告ってない」
「告るのと、惚れるのは、イコールじゃないよな」
オレの言葉に、ムッとしかけた、新美に夏実がフォローした。
「あたし、新美君の力になりたい。もし好い娘がいるなら、仲立ちしてあげるよ。こないだの、楓ちゃんなんてどう?昔からの知り合いなんでしょ」
「いや、あいつとは、ただの同級生というだけだ。そんな関係じゃねえし」
明らかに慌てている新美を観て、オレは夏実のカンの鋭さに、改めて感心した。
「お互いカップル同士なら、一緒にこうやって話もできるし、ダブルデートだってできるじゃない?」
いや、デートは付録付きじゃなく、オレは夏実とふたりきりが良いんだが。新美が何か言う前に、夏実は感想を述べていた。
「あたし、楓ちゃんとなら、うまくやってけそう。ねえ、告るんなら、早い方が良いと思うよ」
「勝手に話進めてんじゃねえよ!オレは、楓が良いとかひとことも言ってねえし。だいたい『うまくやってけそうって』てなに?武田は、オレの姉かなにかなわけ?」
オレは、夏実と、新美のやり取りに、思わず吹きだした。
「だいたい、楓のターゲットはこいつであって、オレじゃねえよ」
新美は、オレを指さした。いや、そう言われてもなあ、自分で言うのもなんだが、オレは一途な男で、夏実以外の女性に興味はない。いちどに複数の女性に想いを寄せる、なんて芸当はオレにはできない。だから、楓に興味はない、と言ってやった。
「世の中は、理不尽だ。こんなイケメンとも言えないやつが複数の女性にモテて、オレみたいなフツメンは、女性と縁もゆかりもない。可哀想なオレ」
「だから、力になるって、言ってんじゃん。マジで新美君は、好い男だよ。絶対カノジョできるって。楓ちゃんが嫌なら、他でもフォローするよ」
すると、意外にも新美のやつは、顔を赤らめた。
「・・・別に、楓が嫌いってわけじゃねえし」
オレと、夏実は顔を見合わせて、にやけた。
「・・・新美君の気持ちは分かったから、少し作戦練らせて」
夏実は、優しく新美に話しかけた。
新美と別れたあとで、オレは夏実にどうする気だ?と尋ねた。
「あの子たち、昔は結構いいムードだった。ソフィアがあなたに断られた後、ネルソンが優しく彼女に接していて、良い感じになりかけてたの。でも、その後、ネルソンは志願して入隊して・・・」
「還ってこなかった、ということか」
「・・・」
「前から思ってたんだが、もし転生輪廻が存在するとなると、前世のそのまた前世もあるだろう。お前は、その前々世のことは、覚えてないのか」
「なによ、突然?」
「質問に答えろよ」
「・・・そこまでは、分からない」
オレは、夏実の横顔をじっと見つめた。
「記憶があるんだろ」
夏実は、きっと俺を見つめた。
「ないよ!前々世って、あるかも分からないし」
「そうか?」
「なによ、私を疑ってるの?」
「いや、お前に記憶がなくても、不思議じゃないかもしれないな。いつも転生先でお前と逢えるとは限らないだろうし」
「もしかして・・・あんたは前々世の記憶があるの?」
「・・・いや、途轍もなく古い世界の光景が脳裏に浮かぶことがある。とても二十世紀のこととは思えない、古色蒼然たる光景だ。それが、前々世かどうかは分からん。だが、お前たちと前世で過ごした時代とも違うことは分かる」
オレは、さっきから、ある考えに囚われていた。
「なあ、人間関係って移り変わるよな。敵だった奴が味方に回ったり、逆に裏切られたり、長い転生輪廻の中では、それが起こる可能性は余計に高くなるんじゃね。極端なこと言えば、夏実とオレが、憎み合い殺し合った前世だってあるかも知らないぜ」
「そんなことあるわけないでしょ。私のことが信じられないの」
「いや、お前の今の気持ちは分かっているよ。恐らく、過去世でも、お前はオレにそういう気持ちで接してくれただろう。だけど、生まれた境遇の違い、ということもあるだろう。オレたちの気持ちに関係なく、敵同士として接しなければならない、生活環境の時だってあったかもしれない」
オレの言葉を聞いていた、夏実は突然オレの頬を引っ叩いた。目には涙を溜めていた。
「やっぱり、覚えてんじゃん」
オレは、穏やかに言った。夏実の気持ちは分かるつもりだった。数知れない、転生の中で、こいつに引っ叩かれるのは、何回目だろうと考えていた。
「結局、あんたは何が言いたいのよ!」
「だから、新美と楓のことだってそうだ。うまくやった過去世もあるだろうし、そうでなかった時もあったんじゃね。放っといても、なるようになるということさ。別にお前がちょっかい出すのを否定するつもりもないがな」
「・・・」
暫く夏実は考えていたが、やがて決心したように言った。
「やっぱり、あのふたり、放っとけないよ。あたしが関与して、うまくいった時だってあるかもしれない。楓をそそのかしてみる。ふたりで逢いにくいなら、私たちが尻を押してやる方法もあるし」
「まあ、夏実がそう思うなら、好きにすればいいんじゃね」
「あんたにも、手伝って貰うから」
「マジか」
「・・・それと、引っ叩いてゴメン・・・」
オレは身を寄せてきた夏実に、気にするなと言った。それよりも、夏実のちょっかいの方が面倒だった。じつは、オレも人の世話を焼いている場合ではなかったのだ。
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