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 それから、数日後の事だった。六中隊の隊士たちが、毎朝恒例となった、夜戦の後片付けをしている最中だった。
 一三連隊幕僚の永川一尉が、佐藤二尉という連隊付きの警備隊士官及び、その他数人の警備隊士を引き連れて、中隊本部に乗り込んで来た。
 「美浦、お前は反逆罪及び補給物資盗難の疑いで軍法会議と決まった。他の士官、陸曹にも同罪で容疑がかかっている。これから中隊本部を捜索するから、中隊幹部は、そのまま動かないように」
「わけを説明しろ」
美浦は静かに言った。
「その必要はない。言いたい事があれば、軍法会議の席上で発言しろ」
 「身柄を拘束するなら、令状を提示し、その理由を明らかにすべき事が、軍事訴訟規則二四条にあります。きちんとした理由なしに身柄を拘束する事は、軍規違反となりますよ」
鹿野三尉が発言した。
 佐藤二尉が鹿野の前にやって来ると、いきなりボディーブローを鹿野の腹に叩き込んだ。
「シャバじゃ、検事とか偉そうな事を抜かしていたそうだが、ここは戦場だ。国内の刑事法は通用しないんだよ」
「あんた、警備隊長としては最低だな」
鹿野は臆する事なく、思うところを述べた。
「あんたみたいなのがのさばっていたら、日本自衛軍の恥だ」
佐藤はものも言わず、鹿野を三発殴りつけた。
 「いい加減にしろ」
怒った石塚三尉が、珍しくドスの利いた声で佐藤に詰め寄った。
「手前ら、これ以上、六中隊で好き勝手できると思ったら、おかど違いもいいところだぜ。こっちは、手前らみてえに、後方でのほほんと毎日過ごしてるような臆病もんとはわけが違うんだ。軍法会議如きが怖くて、戦争なんぞやってられるか。どうしても中隊長を連れて行くってんなら、こっちにも考えがあるぜ」
 石塚の啖呵に、周りの中隊隊士が、身構えた。みな、永川一尉との一件はよくわかっているのだ。永川と、佐藤はその場の殺気を感じたのか、気圧されたようだった。
「お前ら、中隊全部が反逆罪となるぞ」
「それがどうした。俺たちの指揮官は美浦一尉だ。お前のやってる事はお見通しだ。そんなスットコドッコイに俺たちの中隊長を渡す事ができるか、ボケ!」
 永川はニヤニヤしながら、横柄に言った。
「ようし、ならば、何ゆえ軍法会議相当なのか、教えてやる。佐藤、お前説明しろ」
 佐藤二尉は突然のフリに驚いたが、順序立てて、罪状を列挙した。ひとつめは、美浦が、指揮系統を飛び越えて連隊本部の裁可なく、連隊外の部隊に支援要請した事。 
 ふたつめは、やはり連隊本部を通さず、師団後方支援連隊から、補給を勝手に受け取っていた事。
 そのために、架空の連隊支援申請を六中隊が偽造していた事。等々佐藤は美浦の罪状を挙げつらった。要するに、連隊本部ひいては永川一尉をないがしろにした、という事が言いたいのだ。
 「しかも、方面軍の後方支援団には、永川一尉が軍事訴訟被告人であるかの如き、文書まで出されていた。六中隊の三尉名義でだ」
と佐藤は、鹿野を睨みつけた.
 その時、鹿野のケータイ端末が鳴った。鹿野は、端末を取り出すと話を始めた。
「おい、お前、こんな時にケータイの使用など許さん、すぐに切れ」
通話の相手は、山倉二佐だった。
「わかりました。お世話になりました」
「切れと言っているだろうが!」
佐藤の怒りも意に介さず、鹿野は相手との会話を続けた。
「今ですか。その当人がここにいますが、はい、わかりました」
鹿野は、佐藤にケータイ端末を差し出した。
 「相手の方が、あなたに替わるように仰っています。ちなみに通話相手は、方面軍警備隊長山倉二佐です」 
佐藤は驚愕した。方面軍警備隊長といえば、この国にいる、日本自衛軍全部隊の警備隊を統括する人物だ。それが自分に何の用なのか。
 ためらっている佐藤に、鹿野は強い口調で促した。
「相手は、方面軍の警備隊長ですよ。お待たせしては、失礼になるのではないでしょうか?」
その言葉に、佐藤は慌てて端末を受け取ると、通話口に出た。
 「はい、私は、一二師団警備隊の佐藤二尉です」
明らかに緊張した声音だ。
「はい・・・」
通話相手の言葉に、佐藤の顔がみるみる蒼ざめた。
「いえ、そのような・・・、はい、承知致しました。いえ、とんでもございません。はい、仰る通りに致します。はい、はい、では失礼致します」
 佐藤二尉は、鹿野にケータイ端末を返すと、 
「あー。どうも、うかがった話によると、今回は我々の手違いであったようです。色々失礼をお掛けしました」
怪訝な顔で、永川が何かを言いかけた。
 その永川に向かって、鹿野は言った。
「佐藤二尉はお聞きになったと思いますが、永川一尉に、方面軍警備隊長の山倉二佐から伝言があります。貴下には、軍需物資横領の嫌疑がかけられている。軍法会議相当と決定したので、直ちに方面軍司令部警備隊まで出頭せよ。ちなみに付き添いは、この佐藤二尉です。間もなく迎えの車が、連隊本部へ到着するとの事です」
 真っ青になった、永川一尉は、金魚のように口をパクパクさせていた。が、そのうち運命を悟ったのか、佐藤二尉と、その警備隊士に連れられて、おとなしく連隊本部へ帰って行った。
 六中隊の小隊長たちはみな、あまりに鮮やかな逆転に、あっけに取られていた。
 「何だか、狐につままれたような気分だが、結局我らの中隊長はお咎めなしって事か?」
石塚が言った。
「そうですね。永川一尉は、更迭となるでしょう。一三連隊本部には、後任の幕僚が来る事になると思いますよ」
その言葉にみなが鹿野を見た。
 「もしかして、これをお膳立てしたのは、お前さんか?」
「私は、美浦中隊長の指示に従っただけです」
「やっぱり、お前さんただ者じゃなかったな。どんな手品を使ったんだ?」
「別に、ただ方面軍司令部の警備隊長が、かつての上司だった、というだけですよ。ラッキーでした」
「ラッキーなんかじゃねぇよ。俺には、警備隊長になれるような上司なんていねぇぜ」
 事態が腑に落ちたか、六中隊の幹部たちにも笑顔が浮かんだ。
「何というか、スカッとした結末だな」
「ああ、最初会った時にィ役立たず、なんて言ってゴメーン。あんたは凄いよォ」
「久しぶりに胸のつかえが降りたような気分です」
みなが、口々に鹿野を褒めたたえた。麻生などは調子に乗って、チューをしようとして、周りの者に引き留められている始末だ。
 鹿野は、ようやく、六中隊の一員として認められた気がした。
「今回の一件は、鹿野の手柄だな」
美浦が、鹿野の肩を叩きながら、話を締めた。
 鹿野は、思わぬ痛みに顔をしかめた。例の砲弾の破片を受けた傷が、まだ治っていなかったのだ。鹿野の表情に気が付いた、美浦は心配そうに言った。
「お前、傷がまだ治ってなかったのか」
そういえば、負傷してから十日以上にはなる。確かに治りは遅いのかもしれない。
 「お前、キチンと治療して貰っているか?」
「いえ、自分でバンソウコウは取り換えてますけど」
「傷を診せてみろ」
美浦が言った。
「大丈夫ですよ」
「いいから診せろ」
 美浦は、強引に鹿野の左肩のバンソウコウを引っぺがした。
「お前、これは傷が化膿してるじゃないか。発熱はないのか」
美浦は鹿野の熱と脈を測った。
「中隊長そんな大袈裟な事をしなくても、大丈夫ですよ。たかがかすり傷です」
すると、美浦に叱られた。
「馬鹿、傷を甘く見るな。敗血症を起こしたら、命取りだぞ」
「もしかして、中隊長は医療関係の仕事をされてたんですか?」
それに対して、美浦はぶっきらぼうに答えた。
「医官じゃないが、医療知識はある」
 美浦は自分のポーチから、医療器具を取り出した。
「少し痛いが、我慢しろ」
明らかに膿が溜まっている場所を切開し、膿を排出した。麻酔なぞなしだから、痛みに思わず、鹿野の口から呻き声が漏れたが、美浦は容赦しなかった。
 傷口をざっと消毒すると、ガーゼを傷口に当てた。
「これで良し。後は、すぐに衛生班で、傷口を入念に消毒して貰え。最低五日間は、衛生班で消毒と軟膏を塗って貰って、飲み薬はキチンと飲め。今から衛生班に直行しろ。わかったな」
 美浦は、何やら処方箋のようなメモに走り書きをして、鹿野に渡した。
「はい」
鹿野は素直に従った。
 鹿野は、衛生班と書かれた、テントに行って、美浦のメモを見せた。担当は、あの戦死した、浅倉一士の上官だった。武内と、胸に縫い取りがあった。
 武内曹長はメモを見るとその指示通り、傷口を入念に消毒した後、軟膏を塗り、抗菌剤と痛み止めの錠剤をくれた。美浦の処方箋に、何の意義も唱えなかった。
「美浦一尉は、医師か何かなんですか?」
鹿野は、処置を受けている間に、武内曹長にも疑問を尋ねてみた。
 「あの方は、実は外科医なんですよ。国内にいる時は、随分優秀な先生だったそうです。だけど、医官になるのが嫌で、医師である事を、内緒にしてるんですよ」
鹿野は、何も言えなかった。彼女にも、医師という職を捨ててまでも志願して、戦場に出なければならない、止むにやまれぬ事情があったのだろう。 
 ところで、その後の話だが、方面軍警備隊の捜査によって、永川一尉が、悪徳業者と結託し、軍需品を横流しして私腹を肥やしていた事はすぐにバレた。師団出入りの業者は限られるから、そこから足が付いたらしい。帳簿操作も、師団警備士を買収し、黙認させていた事から今までバレなかったということだ。
 いずれにせよ、これによって、永川は更迭され、以後の六中隊への補給は、滞りなく行われる事となった。
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