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こっちの水はあまいよ、おいで
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彼は見逃しませんでした。頬を上げ、鞭代わりの職種を握り直します。
「ここにいればいいじゃん」
彼の声は、水の中で反響するようにぼんやりと濁り、しかし大きく聞こえます。鈍る思考は半分、考えることを放棄していました。
「帰る必要ねぇだろ、なぁ?」
彼は、凛がどんなふうに生活していたのかは知りません。しかし、ひとつ確かなことを知っていました。
この世界に迷い込んできたアリスは、みなもれなく元の世界にいい思い出はないのです。
最初はみな、有り得ない世界に恐怖し、拒絶するのです。混乱し、取り乱すアリスだって珍しくない光景でした。最初から全てを受け入れ、この世界に留まろうとするアリスのほうがむしろ少ないほうでした。
だから彼は、いつも使う言葉を頻繁に放つのです。
“元の世界はつらいだろう?”
そうして迷い込んできたアリスは、帰りたいという気持ちにブレーキをかけるのです。
彼の心臓は踊り、期待に目を輝かせました。
迷い込んできたアリスのほとんどは、アリスの素質を僅かに持つだけの、ほぼ一般人と言って過言ではありませんでした。あまりにも素質がないアリスは、森の憲兵によって追い出されてしまうのです。最近では城に辿り着く前に世界の外へ放り出されてしまう事のほうが多く、凛は久方ぶりに現れたアリスでした。
しかも凛は、女王の素質を持つ、極上の蜜を泉のように溢れさせる特別なアリスです。
獰猛な獣はその爪を必死に隠し、努めて柔らかな声色で凛の揺らぐ心を撫で付けました。
「ここにいれば、つらいことなんか何にもない。お前はただあまく鳴くだけでいいんだ。望むなら、鞭もやめよう。可愛がってやろうな」
逆さ吊りにされたふたりの女を目の前に、彼は目の高さを合わせるようにしゃがみこみました。ふたりを吊る触手も、彼の意思に従って少し高く持ち上げます。
焦点の合わなくなってきた凛の目をうっとりと眺め、彼は女王の頬に手を伸ばしました。
「こんなふうに触れられるのは好きか?」
恋人のあまい時間のように、汗や蜜や、最早なにか分からないものでベタベタになった女王の頬を、指の背でそっと撫でました。女王はうっとりと目を細め、にやりと笑います。
「それとも、キスが好きか?」
逆さまにされて顔を真っ赤にさせた女王の唇に、彼はふっくりと唇を押し付けました。
ちゅ、と可愛らしいリップ音は、慈しみ、愛を象徴する小鳥の囀りのようです。
──ああ、キス、を…。
夢と現の境目みたいな意識の中、凛は女王と彼のキスシーンを目の前に、静かに瞬きをしました。それから、小鳥の囀りのようなリップ音を聴神経にじわりと染み込んでいくのを感じました。
互いを思いやり、互いを求めたキスがどれほど心地いいのか知っています。そして、どれほど切望したのか…。
凛は、ゆったりと瞬きしていた虚ろな目の刹那、はっと目を見開きました。
「…ちがう…!」
女王と彼は、確かにキスを交わしています。小鳥の囀りのようなリップ音を立てて。
しかし、凛の耳には、明らかに別の音が聞こえました。本物の、小鳥の囀りです。
「…っあなた、」
頭に血が登り、ぼんやりした神経回路は正しい発音をしてくれませんでした。
でも、凛にとって重要なことは、正しい発音ではありません。
塔に登った最初の部屋で、隠し通路を教えてくれた2羽の小鳥が、お日様が零れる窓の外で必死に羽ばたいているのです。何かを知らせようとけたたましく囀り、羽根がちぎれんばかりに何かを訴えています。
凛は思い出しました。
キスは、一番好きな人と交わすから、幸せだということを。
「…れ、ん…」
血が登りすぎてガンガン鳴り響く頭の奥で、凛が求めて止まない人が、ふわりと微笑んでいました。
「ここにいればいいじゃん」
彼の声は、水の中で反響するようにぼんやりと濁り、しかし大きく聞こえます。鈍る思考は半分、考えることを放棄していました。
「帰る必要ねぇだろ、なぁ?」
彼は、凛がどんなふうに生活していたのかは知りません。しかし、ひとつ確かなことを知っていました。
この世界に迷い込んできたアリスは、みなもれなく元の世界にいい思い出はないのです。
最初はみな、有り得ない世界に恐怖し、拒絶するのです。混乱し、取り乱すアリスだって珍しくない光景でした。最初から全てを受け入れ、この世界に留まろうとするアリスのほうがむしろ少ないほうでした。
だから彼は、いつも使う言葉を頻繁に放つのです。
“元の世界はつらいだろう?”
そうして迷い込んできたアリスは、帰りたいという気持ちにブレーキをかけるのです。
彼の心臓は踊り、期待に目を輝かせました。
迷い込んできたアリスのほとんどは、アリスの素質を僅かに持つだけの、ほぼ一般人と言って過言ではありませんでした。あまりにも素質がないアリスは、森の憲兵によって追い出されてしまうのです。最近では城に辿り着く前に世界の外へ放り出されてしまう事のほうが多く、凛は久方ぶりに現れたアリスでした。
しかも凛は、女王の素質を持つ、極上の蜜を泉のように溢れさせる特別なアリスです。
獰猛な獣はその爪を必死に隠し、努めて柔らかな声色で凛の揺らぐ心を撫で付けました。
「ここにいれば、つらいことなんか何にもない。お前はただあまく鳴くだけでいいんだ。望むなら、鞭もやめよう。可愛がってやろうな」
逆さ吊りにされたふたりの女を目の前に、彼は目の高さを合わせるようにしゃがみこみました。ふたりを吊る触手も、彼の意思に従って少し高く持ち上げます。
焦点の合わなくなってきた凛の目をうっとりと眺め、彼は女王の頬に手を伸ばしました。
「こんなふうに触れられるのは好きか?」
恋人のあまい時間のように、汗や蜜や、最早なにか分からないものでベタベタになった女王の頬を、指の背でそっと撫でました。女王はうっとりと目を細め、にやりと笑います。
「それとも、キスが好きか?」
逆さまにされて顔を真っ赤にさせた女王の唇に、彼はふっくりと唇を押し付けました。
ちゅ、と可愛らしいリップ音は、慈しみ、愛を象徴する小鳥の囀りのようです。
──ああ、キス、を…。
夢と現の境目みたいな意識の中、凛は女王と彼のキスシーンを目の前に、静かに瞬きをしました。それから、小鳥の囀りのようなリップ音を聴神経にじわりと染み込んでいくのを感じました。
互いを思いやり、互いを求めたキスがどれほど心地いいのか知っています。そして、どれほど切望したのか…。
凛は、ゆったりと瞬きしていた虚ろな目の刹那、はっと目を見開きました。
「…ちがう…!」
女王と彼は、確かにキスを交わしています。小鳥の囀りのようなリップ音を立てて。
しかし、凛の耳には、明らかに別の音が聞こえました。本物の、小鳥の囀りです。
「…っあなた、」
頭に血が登り、ぼんやりした神経回路は正しい発音をしてくれませんでした。
でも、凛にとって重要なことは、正しい発音ではありません。
塔に登った最初の部屋で、隠し通路を教えてくれた2羽の小鳥が、お日様が零れる窓の外で必死に羽ばたいているのです。何かを知らせようとけたたましく囀り、羽根がちぎれんばかりに何かを訴えています。
凛は思い出しました。
キスは、一番好きな人と交わすから、幸せだということを。
「…れ、ん…」
血が登りすぎてガンガン鳴り響く頭の奥で、凛が求めて止まない人が、ふわりと微笑んでいました。
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