アリスと女王

ちな

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不機嫌な暴風

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「なにっきゃあああっ!」
凛を飲み込んだままうぞうぞと蠢くスライムは、触手を伸ばして高く高く昇っていきました。勿論凛も道連れで、大の字を保ったまま、ぐんぐん伸びるスライムと一緒に持ち上げられていきます。
溶けた餅みたいに髪や肌にべったりと張り付いていたスライムは、油を塗った木の板に水を流したかの如く、するりと簡単に離れてきました。
内臓が浮き上がるような浮遊感に既視感を覚えた凛は、彼を見下ろすほど高く持ち上げられて、はっと息を飲みました。
蓮に助けてもらった時。この城へ来る時みたいに。蓮に抱えてもらって空を飛んだ時にふと鼻孔を掠めたあの香りを感じたのです。花のように柔らかく、それでいて大人の男性を感じさせる、蓮の香りです。
勿論ここに蓮はいません。見えるのは、蓮の姿によく似た、弟を名乗る彼と、可哀想なアリス達です。
ふっと顔を上げた彼に、一瞬蓮が重なりました。
「蓮っ!」
──おや。僕のかわいい凛、どうして泣いているの?
寒空に落ちてきたやさしいお日様みたいな笑顔と、穏やかなテノール。かわいいねとうっとり細められるきれいな目。好きだよと言ってくれた形のいい唇と、風に靡く金糸の髪。
彼よりも頭ひとつ分ほど高く持ち上げられた凛は、改めて彼を見下ろしました。
彼の中に蓮を探そうとしたのです。
「蓮っ…れん…!」
すらっと背が高く、優しく大きな手。慈愛が溢れた目と……目の前にいるのは、誰?
段々歪んで行く彼の顔が、ぐしゃりと歪みました。その歪んだ顔に凛の目からぽたりと雫が零れます。
零れ落ちた雫の行く先は、彼の頬でした。
「兄さん兄さん兄さん…うるさい…」
彼は、もう怒りを抑えることはしませんでした。
体をぶるぶる震わせて、顔を真っ赤にし、握った拳はがくがくと痙攣しています。髪の毛が逆立った彼は牙をむき、口の端から垂れる涎を拭うこともせずに叫びました。
「どうして!俺は!俺が!!俺は王様だぁぁああああ!!!!」
びりびりと空気を震わせる声は、どろどろに溶けていたアリス達をも一瞬黙らせ、火山噴火の如く怒り狂う彼に身を強張らせました。
音圧が嵐のように轟き、見えない竜巻に巻き込まれたような錯覚を起こします。
…いいえ、錯覚ではありませんでした。
ここは不思議の森の、不思議な城。彼の独壇場と化したこの城は、彼の心をそのまま映し出しているのです。
怒りに狂った彼は、獣の雄叫びを上げ、牙をむいて凛のワンピースを乱暴に掴みました。
「ひっやめて!やめて!」
「お前は!何故兄さんを!!お前は女王だ!俺だけのっ…」
「やめて!違う!あたし、女王なんかじゃない!」
嵐が轟き、凛の絹のような髪が踊り狂います。拘束されて逃げられない凛の体には、砂や小石がぴしぴしと当たりました。
腹の底から怒りを露わにする彼に、凛も必死に叫びました。
「お前は女王だ!俺だけの!!俺だけのための!」
轟音の中に、びり、と何かが裂ける音が聞こえました。
凛は信じられないとばかりに目を見開きます。屈強なスパイダーの糸で編んでもらったその生地に、鋭く尖らせた触手の先端が貫いていました。
ひとつ穴が開けば、あとは触手が好き勝手に暴れました。どれだけ転んでも、どれだけ擦っても傷の一つさえ付かなかったワンピースが、びりびりと破られているのです。
「やめて…おねがいやめてっ…!」
ぽろぽろ零れる涙は、床に零れ落ちる前に暴風に攫われていきました。右手に持ったままの鍵を無意識に握って、凛ははっと息を飲みました。
ちいさな銀色の鍵は、ほんのりとではあるものの、明らかに熱を持っているのです。
握っていたせいか、何かの力が働いたのかはわかりません。
不明瞭で不確かで、凛にとってほんの僅かな希望でした。
「の、っNO…!」
一か八か、NOを叫びます。
鍵はそれっきり、特に反応はありませんでした。
僅かな希望を寸断され、凛は頭の先から絶望に突き落とされた気分でした。
相変わらず嵐は止みそうにありません。
破られてしまったワンピースは暴風に流され、凛は生まれたままの姿で触手に掲げられてしまったのです。
何からどう否定していいのか分からず、パニックになりながら口を開きかけた時、吹きすさぶ暴風の向こうに人が見えました。
否、人かどうかは判別できません。人っぽい何かが菫色に絡まっているように見えました。
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