アリスと女王

ちな

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悪魔のあまい声

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「…あはっ。きみはやっぱり女王になるべきだ」


いつの間にかワンピースの裾をぎゅっと握っていた凛は、ひくりと口角を歪ませました。

ワンピースしか身にまとっていない凛の白い足に、極上の蜜がとろりと垂れてしまったのです。

誤魔化すことは不可能でした。明らかに濃厚な蜜のにおいは、ここにいる彼女たちではとても生成できないのです。

顔を真っ赤にして俯く凛の唇は、呼吸の隙間に音を奏でました。

「…蓮、っ…」

どうしたらいいの、どうしよう、助けて。
そんな祈りを込めたちいさな声は、"彼"の耳にしっかり届いてしまいました。

その名前はかたちのいい耳をぴくりと動かし、眉間に深い皺を刻ませます。しっとりと赤く色づく"彼"の唇が、耳に入った名前を反芻しました。

「蓮…あっはは!そう、蓮ね。ふっくくくっ…!」

突然笑い出した"彼"に、凛は弾かれたように顔を上げました。

"座っている"と理解していたはずなのに、凛の目には今初めて豪奢な椅子が見え、ビロードの赤い台座に足を組んで座る彼は、腹を抱えて笑い転げているのです。

その彼と凛の間には、泣き声のような呻き声のような声を上げるアリス達。クリトリスを糸で吊るされ、訳の分からない触手に蜜壺をかき回され、ミルクを搾り取られている向こうで笑い転げる男のシュールさに、凛は恐ろしささえ感じました。

何が可笑しいの。言いかけて閉じた唇をぎゅっと噛み、凛は右手に持った銀の鍵を握り直しました。鍵はずしりと重いはずなのに、羽のように軽くも感じます。早くここから立ち去りたくて、凛は逃げる術を必死で考えました。
その間に彼は涙を流して笑い、そうしてようやく息を整えます。
凛はなんの答えも出せないまま、彼は表情を一変させました。日が沈んで凍った湖、或いは、これから嵐が来る海に似ていました。

「蓮ね…君がどうしてここまで辿り着いたのか、その答えをやっと知れたよ」

蓮に似た金の髪を揺らし、蓮にそっくりな声を放ちます。しかし、蓮はどんなに怒っていても、身が凍えるほどの空気など出しませんでした。
頭が混乱しそうでした。どうしていいかわからりません。蓮と同じ色の目を向けられ、凛は喉を鳴らします。

「ねぇアリス。いいことを教えてあげよう」

よいしょ、なんて言いながら、彼は初めて立ち上がりました。

先のとがったブーツは、豪奢な椅子の台座と同じビロードの絨毯に音を吸われてしまいます。凛は絨毯の存在を今初めて認識しながら、その目を引き剥がすことができませんでした。

蓮と同じ目をしているのに、同じ温度を感じないのです。彼は優しく細めることもありません。ただひたすら冷たく、どこまでも透き通っていました。

凛が立つ場所まで花道みたいに並ぶただの人形と化したアリスなど、彼はまるで目に入っていないようでした。彼はただ、凛に向かってまっすぐ歩き出すのです。

体が固まってしまったか、或いは足の裏に根っこでも生えてしまったのか。凛は、動くことができませんでした。じわりと、波紋みたいに近付いてくる彼は、蓮と同じにおいではありませんでした。

ただ呼吸する作業をするしかない凛に、彼は言いました。

「蓮はね。俺の、兄だよ」

「えっ…」

「そうか、あんた、兄さんに会ったんだ」

喉の奥で笑いを噛み殺しているような、それでいて寂しい目をしている目の前の彼に、凛は完全に言葉を失ってしまいました。

彼はとうとう凛の目の前に来て、それから手を伸ばしました。

「兄さんに愛してもらった?セックスはしたの?」

愛しい恋人を撫でるような手つきで、温度を失くした凛の頬を指でそっと撫でました。瞬間、凛の背中がぞわりと震えあがり、思わずその手を跳ねのけました。

「…NO」

喉を振り絞る声に、彼は囁きます。

「俺の名前を呼んでよ。名前は…」

彼の口が、声が、恐ろしい悪魔になって牙を向けているように見えました。心臓が口から飛び出そうになって、叫びました。
しかし、NOを言う前に彼は凛の耳に直接とびきり甘い声を含ませました。

「───。言ってみて」

「ひっ…!」

熱い舌が耳介を舐め、強請る甘い声を鼓膜に響かせます。白いワンピースから覗く雪原のように白い肩をしっとりと撫でつけ、髪のあまい香りを肺いっぱいに吸い込んで見せました。

そのおぞましさに凛はかたかたと震え出し、指の一本も動かせません。

「…蓮っ」

思わず呟いた凛の声に、彼の動きがぴたりと止まりました。

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