アリスと女王

ちな

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「…や…蓮っ…!」


凛は、そこでようやく蓮を思い出しました。

家庭教師にされたことはただ苦しくて痛くて恥ずかしくて、一秒でも早く終わってくれないかと願うばかりでした。

しかし。

蓮と出会って、恋をして、間もなく恥ずかしいことをされた記憶は、ちっとも嫌ではありませんでした。

定規よりずっと痛い鞭打ちも、体の奥まで覗かれる羞恥も、耳を塞ぎたくなる恥ずかしい言葉も、凛の体温を上げるのです。

それは、羞恥や痛みに耐えきった時、蓮は必ず褒めてくれるからでした。

かわいいね、いい子だね、大好きだよ。

ゆったりと微笑み、髪や頬を撫で、慈愛に満ち満ちた目を細めてくれるのです。


「…蓮、っ…蓮…!」


冷たい梯子をぎゅっと掴んだまま、凛は蹲ってしくしくと泣き出しました。

やっぱり元の世界に帰るより、蓮のそばにいたいと思ってしまったのです。狭くかび臭い闇は、凛の心までも深く覆ってしまったのでした。

頬を流れて落ちる涙は、どこにもぶつかることなく果てない闇に飲み込まれていきました。

この闇は一体どこまで続いているのでしょう。もしかすると、この煙突みたいな塔を無視し、城の地下まで続いているのでしょうか。

そんなわけないじゃない。必死に言い聞かせる凛ですが、答えは分かりません。答えを出してくれる人もいません。凛の苦しそうな泣き声だけが響きます。

会いたいよ、蓮。

声にさえ出しませんが、凛が求めるのは蓮だけでした。ただひたすら蓮が恋しくて、あの柔らかなテノールで名前を呼んで欲しいのです。

二度とあの声が聞けないと、凛は再び絶望に打ちひしがれました。元の世界に帰るということはそういうことなのだと、梯子を掴んだまま一歩も動けなくなってしまったのです。

「蓮っ…!」

「どうして泣いているの?」

凛の涙がぴたりと止みました。

蓮の、声です。

「れっ…」

「可哀想な凛…」

耳を撫でるような優しい声です。凛は呼吸を忘れ、耳をそばだてました。

「悲しいの?」

再び声が問いました。凛は自分の心臓が耳の奥でバクバク鳴り響いているのを聴きながら、梯子を掴みました。

確かに蓮の声で間違いないのですが、どうにも違和感があるのです。

どこに違和感があるかと聞かれても上手く答えられませんが、凛は全身に緊張を走らせて、声の主を視線だけで探しました。

「さみしいの?」

どこまでも深い闇の中、蓮の声が不協和音のように響きました。歪んだ声は足元の闇にぬるりと溶けていき、底の見えない奥深くに吸い込まれていきます。

「凛?泣いているんでしょ?ほら、戻っておいで」

クスクスと笑いを含んだような、それでいて心配するような声色です。

──ちがう。

凛は確信しました。

この声は、蓮ではありません。

蓮はその身を呈して凛を逃がしてくれたのです。凛がどれだけ望もうとも、元の世界へ帰ったほうがいいと言ったのです。

凛は一度だけ唇をきゅっと結び、静かに息を吸い込みました。

凛の頭の中にはしつこいくらいに念を押した“本物の蓮”が浮かびました。

「もどらないよ」

凛は蓮の言いつけの通り、はっきりと否定のことばを口にしました。

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