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本当は、振り返りたかった
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「よお、ピンチじゃねぇか」
野太い声が、塔の外側から聞こえました。
その声に聞き覚えがあった凛は、はっと振り返ります。
「代価は高いが、助けてやろうか」
「……スパイダー、さん…」
はたはたと羽を羽ばたかせた蝶が、凛を捕らえた衛兵たちに向かってスパイダーの糸を投げつけました。強靭なスパイダーの糸に絡まった衛兵たちは、蝶の美しさに見とれている場合ではありませんでした。身体中を糸でぐるぐる巻にされた上、おぞましい蜘蛛男がすぐそこにいるのです。
スパイダーはわざとらしく舌なめずりをしてやりました。ひい、と震え上がる衛兵を見て、高らかに笑いました。
「こりゃいい気味だぜ!お前らのお陰で俺たちはいつも腹ぺこだったんだ。ちったぁ懲りたか?あ?」
凛には詳しいことは分かりません。しかし、森の動物たちはいつも飢えていました。彼らが蜜を独占していたのでしょう。ここぞとばかりに反旗を翻した動物たちは、容赦なく衛兵たちに襲い掛かります。
「ところで、お嬢ちゃん」
スパイダーは小さな目を凛に向けました。少し怯える凛に、スパイダーは糸を見せます。
「そのワンピース、似合ってんな」
に、と笑って見せたスパイダーはひとり大笑いしてみせました。
どうして突然笑いだしたのか、まだ幼い凛には分かりませんでした。スパイダーも答えを教える気はありませんでした。
「おーい王子様!姫さんとお別れの挨拶はいいのか?」
茶化したスパイダーは、槍で応戦する蓮の背中に向かって言いました。あんま時間ねぇぞ!と続けるスパイダーは、やっとやっと立ち上がる凛を手伝いました。
重い鎧を纏った衛兵たち、森から集まった猿たち。ミシミシと嫌な音を立てる見張り台はぐらぐらと揺れます。
加えて、地鳴りのような音が聞こえ始めました。
「おら王子様!増援来たぜ!」
階下から聞こえてくる乱暴な足音に、凛は身を縮ませました。
「凛、」
とても感動的な最後ではありませんでした。
蓮の前方からは槍が降り、貴重なアリスを逃すものかと凛の足を掴む衛兵たち。地鳴りのような足音は明らかにここへ向かっています。
ときは一刻を争いました。
「またね、凛」
ふっと笑う蓮は、次の瞬間にはもう衛兵に向いていました。
「蓮っ」
手を伸ばそうとした凛の手を、スパイダーが阻止しました。それからふっと糸を吐き出しました。
「きゃああっ!」
身構えた凛ですが、体はどこも拘束などされていません。
恐る恐る目を開けた凛に、スパイダーが叫ぶように言いました。
「急げお嬢ちゃん!」
スパイダーは、口から吐いた糸で凛と出入り口を結ぶようにしてトンネルを作ったのです。
「じゃあな」
そう言ってスパイダーは、口から吐いた糸を閉じました。
もう誰も、凛に触れることさえできません。
「蓮っ…」
これが、最後の顔なんて。
泣き出しそうになる凛は、狭い糸のトンネルを急いで潜り、小さな出入り口に身を滑らせました。
「さよなら、凛」
最後に蓮の声を聞いて、一瞬足を止めました。
それから、一度も振り返らず、暗い階段に足を掛けました。
振り返ってしまえば、進むことはできないと思ったのです。
さよなら、蓮。
呟くように言った凛は、1歩ずつ確実に階段を登り始めました。
野太い声が、塔の外側から聞こえました。
その声に聞き覚えがあった凛は、はっと振り返ります。
「代価は高いが、助けてやろうか」
「……スパイダー、さん…」
はたはたと羽を羽ばたかせた蝶が、凛を捕らえた衛兵たちに向かってスパイダーの糸を投げつけました。強靭なスパイダーの糸に絡まった衛兵たちは、蝶の美しさに見とれている場合ではありませんでした。身体中を糸でぐるぐる巻にされた上、おぞましい蜘蛛男がすぐそこにいるのです。
スパイダーはわざとらしく舌なめずりをしてやりました。ひい、と震え上がる衛兵を見て、高らかに笑いました。
「こりゃいい気味だぜ!お前らのお陰で俺たちはいつも腹ぺこだったんだ。ちったぁ懲りたか?あ?」
凛には詳しいことは分かりません。しかし、森の動物たちはいつも飢えていました。彼らが蜜を独占していたのでしょう。ここぞとばかりに反旗を翻した動物たちは、容赦なく衛兵たちに襲い掛かります。
「ところで、お嬢ちゃん」
スパイダーは小さな目を凛に向けました。少し怯える凛に、スパイダーは糸を見せます。
「そのワンピース、似合ってんな」
に、と笑って見せたスパイダーはひとり大笑いしてみせました。
どうして突然笑いだしたのか、まだ幼い凛には分かりませんでした。スパイダーも答えを教える気はありませんでした。
「おーい王子様!姫さんとお別れの挨拶はいいのか?」
茶化したスパイダーは、槍で応戦する蓮の背中に向かって言いました。あんま時間ねぇぞ!と続けるスパイダーは、やっとやっと立ち上がる凛を手伝いました。
重い鎧を纏った衛兵たち、森から集まった猿たち。ミシミシと嫌な音を立てる見張り台はぐらぐらと揺れます。
加えて、地鳴りのような音が聞こえ始めました。
「おら王子様!増援来たぜ!」
階下から聞こえてくる乱暴な足音に、凛は身を縮ませました。
「凛、」
とても感動的な最後ではありませんでした。
蓮の前方からは槍が降り、貴重なアリスを逃すものかと凛の足を掴む衛兵たち。地鳴りのような足音は明らかにここへ向かっています。
ときは一刻を争いました。
「またね、凛」
ふっと笑う蓮は、次の瞬間にはもう衛兵に向いていました。
「蓮っ」
手を伸ばそうとした凛の手を、スパイダーが阻止しました。それからふっと糸を吐き出しました。
「きゃああっ!」
身構えた凛ですが、体はどこも拘束などされていません。
恐る恐る目を開けた凛に、スパイダーが叫ぶように言いました。
「急げお嬢ちゃん!」
スパイダーは、口から吐いた糸で凛と出入り口を結ぶようにしてトンネルを作ったのです。
「じゃあな」
そう言ってスパイダーは、口から吐いた糸を閉じました。
もう誰も、凛に触れることさえできません。
「蓮っ…」
これが、最後の顔なんて。
泣き出しそうになる凛は、狭い糸のトンネルを急いで潜り、小さな出入り口に身を滑らせました。
「さよなら、凛」
最後に蓮の声を聞いて、一瞬足を止めました。
それから、一度も振り返らず、暗い階段に足を掛けました。
振り返ってしまえば、進むことはできないと思ったのです。
さよなら、蓮。
呟くように言った凛は、1歩ずつ確実に階段を登り始めました。
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